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《ブラジル》サンパウロ州110周年委員会ついに発足!=式典は日本祭り会場に決定=若手委員を積極採用

5/23(火) 7:50配信

ニッケイ新聞

 「次の150年、200年へと続く第一歩に」―。19日夜、サンパウロ州のブラジル日本移民110周年記念祭典委員会(菊地義治実行委員長)が文協貴賓室で正式発足した。画家の若林和男さんがデザインした、二羽の折り鶴に両国関係の未来を託した『記念ロゴマーク』が発表されるなど、翌年に迫る移民110周年に向け、準備を本格化させる見込みだ。70人近くの関係者が出席し、記念すべき門出を祝した。

 菊地委員長が1月末に実行委員長に選任されて以来、脇を固める人員探しに3カ月近くかかり、ようやく正式発足となった。同委員会はおよそ100人の委員で構成され、実行委員長及び副委員長のもと、地区委員会及び10の小委員会から構成される。
 注目すべきは若手の積極登用で、副会長には上原テリオ氏ら若手4人が登用された。
 挨拶に立った呉屋春美文協会長は「皆で力を合わせ、素晴らしい祭典に」と呼びかけた。関口ひとみ在聖首席領事も「このロゴのように日系人が伯国社会において、さらに遠く優雅に羽ばたき、両国の絆が益々深まれば」と期待を込めた。
 菊地委員長は「日系人がブラジルで尊敬されているのは、塩を舐めて苦労してきた先輩移住者のおかげ。150年、200年への第一歩として、次世代を育てながら頑張っていきたい」との意気込みを語った。若い世代には、企業向けの事業費獲得プロジェクトを中心に任せているといい、「時代に即した形で考えてもらっている。若い人がやり方を覚え、次の機会にできるようノウハウを教えてゆく。次に繋がるものは人材だ」と語り、準備を通じて人材を育成してゆく構えだ。
 若林さん(兵庫県神戸市、86)は、「55年間、伯国で過ごしてきた身として、万分の一でも日系社会に恩返しができたらとの気持ちで引き受けた」と明かした。
 18年1月7日の日系団体新年会を皮切りに記念事業が開始され、来年7月21日の「県連日本祭り」内で記念式典を敢行する予定。来年の日本祭りでは、日本の物産販売や喜多方など複数のラーメン店の出展、さらに東京五輪を視野に入れた観光PRなどを取り入れるなど、規模拡大や活性化を図る予定だ。
 菊地会長はさっそく今月29日から訪日し、東京都庁や東北などのいくつかの県庁、企業を2週間に渡って訪問する予定で、援協時代からの人脈を活かし、事業費獲得を含めた交渉にあたる。


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    ◎
 日伯両国を表わした二羽の折鶴が描かれたロゴマーク。若林さんは「一目で日本とわかる象徴的なものにしたかった」という。過去の作品のなかでも「折鶴」は中心的なテーマになっている。ただし、作風として現れるようになったのは渡伯後20年近く経ってから。当初は「日本の影を押さえ込もうとしていた。楽しいものを描いてはいけないと思っていた」。戦争の陰が色濃く残っていたという。「温かい伯国の心に触れて心が解けていき、明るいものを描きたいと思うようになった」とか。「日系人として、日本を背負ったものを絵のなかに描くようになった」。そんな日系人としての自覚に目覚めた若林さんの思いが、ロゴには込められている。

最終更新:5/23(火) 7:50
ニッケイ新聞

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