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空港反対から対話実現に尽力 元成田市長、小川国彦氏が死去 84歳

5/23(火) 11:31配信

千葉日報オンライン

 成田空港反対運動を支援した元社会党衆院議員で、開港後は対話路線実現に尽力し、成田市長も務めた小川国彦(おがわ・くにひこ)氏が20日午後3時10分、大腸がんのため南房総市の病院で死去した。84歳。成田市出身。自宅は同市花崎町740の5。葬儀・告別式は30日午前10時から同市吉倉124の11、八富成田斎場で。喪主は妻和子(かずこ)さん。

 小川氏は県議を経て、1976年から社会党衆院議員を6期務めた。東京湾岸開発の問題点を訴える一方、成田空港反対運動を支援した。開港後は話し合いによる解決を呼び掛けた。95年に成田市長に初当選し、2期目の2003年、公約の成田空港圏広域合併構想が議会で否決されて頓挫したため「政治責任を取る」として辞任した。

 訃報を受け、成田市の小泉一成市長は「郷土成田をこよなく愛し市政のために尽くされた生前の功績をしのび、冥福を祈る」とコメント。

 元空港反対同盟(熱田派)事務局長で、小川氏と同じく対話路線を進めた芝山町の石毛博道氏は「空港問題に気丈に向き合う中で、反対闘争の収束に大きく貢献した。一つの時代が終わった気がする」と話した。