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後悔から生まれた“こころの天気予報”

5/24(水) 11:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 メンタルヘルス対策に必要なのは“予防”――。従業員の気分の変化をいち早く察知するためのシステムがある。従業員が気分に合ったお天気マークを選ぶだけで、管理者にメンタルの変化や対応方法を知らせる「コンケア」だ。メンタル不調による離職者が相次いだIT企業の後悔と反省から生まれた。

【コンケアのデモ画面】

 研修や情報提供などのメンタルヘルス対策を実施しても、なかなか効果は見えづらい。そういった課題を抱える人事担当者は多いだろう。従業員の気分の変化を“見える化”することで離職者を減らした企業の事例から、メンタル不調を予防する考え方を紹介する。

●離職者が相次ぐ

 コンケアを開発したのは、IT企業のエクスブレーン(群馬県前橋市)。2014年10月から製品販売を開始し、現在は60社以上に導入されている。利用者数は1万人を超えた。3万人規模の大企業もテスト導入を始めたという。

 開発のきっかけは、自社でメンタル不調による離職者が相次いだことだった。従業員数約30人規模の会社だが、客先に常駐する勤務形態のエンジニアが多く、従業員の勤務状況を把握しづらかった。2010~11年、客先から「エンジニアが急に来なくなった」と連絡が入ると、それが2人続いた。しかし、そのときは「客先と合わなかったんだろう」と、自分たちと関係ない理由付けをしてしまった。

 ところが、今度はオフィス内で働く入社2年目の社員が会社に来なくなってしまう。「(その社員は)明るいムードメーカー。全然気が付かなかった」と、取締役の石田有さんは悔しさをにじませる。会社の外で本人に事情を聞いてみると、「実は仕事がつらかった」「周りの人は忙しそうで言えなかった」という言葉が出てきた。つらくなってしまった自分を責める姿を見て、石田さんは「なんとかしなければ」と強く感じた。

 企業向けにメンタルヘルス対策のサービスを提供する会社を片っ端からあたり、考え方などが自社に合っていた東京メンタルヘルス(東京都豊島区)に依頼。まずは管理職向け研修を実施した。しかし、石田さんには不安が残った。「研修内容は良く、参加者が話を聞いて吸収する感じがあった。しかし、終わってしまうと変わらない日常が続いている。メンタル不調に陥る社員がまた出るのでは」。「二度とメンタル不調者を出さないためにはどうすればいいか」を真剣に考え始めた。

 そこで行き着いたのが、「毎日気分を記録するツールを使って、予防する」というアイデア。自社の技術を使って開発もできる。そのアイデアを東京メンタルヘルスに持ち込み、共同開発をスタートさせた。

●研究を重ねて効果を実証

 コンケアを導入した企業で従業員が行うことは、出勤時と退勤時に今の気分を選ぶだけ。晴れ、くもり、雨のマークで表現した6種類のアイコンだ。タイムカードと連動させることもできるため、押し忘れも防げる。

 「本当の気分なんて分からないのでは」という疑問も当然ある。しかし、本当の気分を選んでいなければ意味がないわけではない。重要なのは、「何らかの変化」に気付くことだ。コンケアでは、コンディション選択の傾向を9タイプに分類し、タイプごとに注意すべき変化や日々の留意点を設定。例えば、「くもり」付近であまり変動しないタイプの人が「晴れ」や「雨」を選ぶと、コンディションが変化していることが分かる。逆に、普段から大きく変動するタイプの人が同じものばかりを選ぶようになっても注意が必要だ。

 感情表現を拒否する傾向もよく分かるようになっている。ある企業では、部下との関係づくりが上手な上司がいる職場では、毎日同じマークを選ぶ人がゼロだった。反対に、抑圧的な職場環境では、毎日同じ天気の人が5割に上ったというデータもある。

 従業員のコンディションに変化があると、上司にメールで通知が行く。マイナス方向に変化した場合だけでなく、コンディションが良くなった場合も通知される。仕事で良いことがあったと想定されるときに声をかければ、喜びを共有できて関係づくりが一歩進む。

 管理者自身が困っている、また、対応方法が分からないという場合には、東京メンタルヘルスが運営する専用サポートセンターを活用することもできる。

●休職者が3年間ゼロに

 エクスブレーンでは、コンケアを使い始めてから3年間、メンタル不調による休職がゼロに。「ピタッと止まった」(石田さん)という。さらに、研修を受けただけでは変わらなかった管理職の言動に変化が見られた。「最近、あいつの天気が気になる」という言葉が聞こえるようになったのだ。部下の状態に関して気付きが増え、面談や声掛けなどの行動につながることも増えた。

 開発中の段階から導入している製造業の会社では、離職率が半減した。その会社はパート、アルバイトの女性従業員が多く、以前は人間関係のもつれで辞めてしまうことが多かった。その前触れとなる変化に気付くことで、管理者が「(火が出る前の)煙の段階」でフォローすることができるようになったという。

 当初はエクスブレーンと同じIT業界で活用を見込んでいたが、実際に運用してみると、保育園やコールセンター、接客業といった「感情労働」を伴う職場にニーズがあることが分かった。厳しい現場では「本音は言えないけれど、アイコンを押すだけならできる」というのが救いになることも。ある保育園で離職者が大幅に減るなど、効果も出始めている。

 従業員の気分と売り上げの相関など、提供できる情報の質と量を向上するための分析にも着手している。石田さんは「メンタルヘルス対策のツールとして広げ、元気な職場を増やしていきたい」と話している。

●メンタルヘルス対策の注意点とは

 コンケアのようなシステムを導入しても、うまく活用して予防につなげなければ意味がない。東京メンタルヘルスの武藤清栄所長に、企業のメンタルヘルス対策の注意点やコンケアのようなツールの活用方法を聞いた。

 ――メンタルヘルス対策で必要なことは何でしょうか。

 従業員の心の不調に早めに気付くことです。そして、話し合いの機会を設けたり、気軽に相談できる仕組みを整えることが重要です。「部下にどのように声をかけたらいいか分からない」という悩みも多いですが、コンケアのようなツールを活用すれば、適切なタイミングや声掛け方法が分かります。

 ――「声をかける」ことを難しく感じる人も多いのでは。

 よくあるのが、心配な部下に対して唐突に声をかけ、「大丈夫?」と聞いてしまうことです。急に「大丈夫?」と聞かれると、「大丈夫です」と答える人が多いでしょう。それでは良くありません。

 メンタル不調に陥ると眠れなくなる症状が出ることも多いですから、例えば「最近眠れている?」といった質問から始めた方がいいでしょう。また、仕事をするデスクで話しかけるのではなく、別の部屋に呼び出した上で、「あなたのことを心配している」「相談してくれたらうれしい」ということをちゃんと伝えることが大切です。東京メンタルヘルスが企業向けに実施している研修では、声のかけ方や話の聞き方をロールプレイで学んでもらいます。そこまでやらないと、部下のSOSに対して確実にフォローすることができないのです。

 ――自分の仕事も抱えながらそこまでやるのは、大変だと思う人もいそうです。

 管理者自身のセルフケアも重要です。「声をかけたくない」「面倒だ」と思ってしまうことは当然ありますが、なぜそう思ってしまうのか、その理由に気付くと考え方を変えることもできます。私自身にも経験があります。私の場合、「注意しないと」「職場を変えないと」という意識が強すぎたことで、気軽に声をかけにくくなっていました。そのストレスに気付き、「取りあえず話してみよう」と意識を切り替えました。自分が抱く不快感やストレスを理解することから始めるのはいかがでしょうか。

 ――メンタルヘルス対策に対する理解は進んでいますか。

 ようやく意識されるようになってきた、と感じています。メンタルヘルスやコミュニケーションに関する研修を実施するという考え方が当たり前になり、世の中が動き出しつつあると考えています。

 それでも相談しにくい職場はまだまだ多いです。そこで、幼いころから相談する習慣をつけることが課題だと考えています。自殺者の8割はカウンセラーや医師にかかっていません。自分から発信する文化づくりが必要です。その一環として、コンケアを子どもたちに使ってもらう取り組みも始めています。