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【インタビュー】役者からシンガーソングライターへ 絶望の淵から這(は)い上がった阪本奨悟の、音楽に対する熱い思い

5/24(水) 22:18配信

トレンドニュース(GYAO)

シンガーソングライター阪本奨悟が、両A面のデビューシングル『鼻声/しょっぱい涙』を5月31日にリリースする。自分自身の弱い部分を包み隠さずさらけ出した赤裸々な歌詞、切なくも美しいメロディ&歌声は聴き手の感情の奥深くを刺激する。

テーマは“今までで一番かっこ悪い阪本奨悟“ 「鼻声」ミュージックビデオ>>

もともとは俳優として、ミュージカル「テニスの王子様」や大河ドラマなどに出演するなど将来を期待された存在だったが、音楽への強い思いから自らその道を選び、ゼロからアーティスト活動を始めたという阪本。その道のりは決して順風満帆なものではなく、一時期は絶望の淵(ふち)に立たされたという。そうした紆(う)余曲折があったからこそ、彼の「歌」は深く胸を打つのだろう。
今回のシングルについてはもちろん、音楽に目覚めたキッカケやつらかった時代のエピソードなどもたっぷりと訊(き)いた。

■正直、「諦めた方がいいんじゃないか」と思うくらい絶望の暗闇にいた

―― 阪本さんが音楽に目覚めたキッカケは?

阪本: 僕の父親が音楽好きでジャズギターを弾くなどしていたので、生まれた時から音楽は身近にある環境でした。小学校高学年の頃、家にあったギターを弾いていたら父が手ほどきしてくれて。それからずっと趣味で続けていました。一番のきっかけは、中学二年生の頃に『ミュージカル・テニスの王子様』の主役をやらせていただいたこと。その舞台でたくさん歌を歌わせてもらえたことで、その魅力にどんどん引き込まれていき、そこから抜け出せなくなってしまうほど夢中になりました。

――曲作りを始めたのは?

阪本: もともと、ものづくりが大好きで。プラモデルも説明書をあえて読まずに組み立ててみたり。そういうことを一人で黙々とやっていたんです(笑)。将来の夢もその頃は大工さんでした。工事現場を見て建物が出来上がっていくプロセスを見るのも大好きです。曲作りに興味を持ったのもそういう性格からかもしれません。弾いていたギターで、何か作ってみたいという衝動にかられました。

初めて作った曲を自分のファンミーティングで披露したら、うれしいことにそれが思っていた以上に好評だったんです。それからはもう「もっともっと、自分の曲を作って歌いたい」っていう風になっていきました。曲作りこそが「自分らしさ」を表現できる一番の手段のような気がしたんです。決して役者が嫌になったわけではなく、とにかく当時は音楽がやりたくて仕方なかった。それで衝動的に役者を辞めて音楽に専念することにしました。

――それはかなり大きな決断だったのでしょうね。

阪本: 本当に天狗(てんぐ)になっていたんだと思います。役者としての知名度も上がっていた頃でもあって。完全に慢心状態だったんですよね。

――その頃特に影響を受けた、あるいは目指すミュージシャンはいましたか?

阪本: 僕が役者を一旦辞めたのが17歳で、その時はすごくモヤモヤしていた時期だったんです。役者になったのも親に勧められたのがキッカケで、順調にやらせて頂いていたんですけど、そんな自分をカッコよく思えなくなっていたというか。自分の人生なのに自分でちゃんと決断してきていないなって。そんな頃によく聴いていたのは尾崎豊さんとか、ONE OK ROCKさん。歌詞に共感もしたし、すごく救われた気がしましたね。自分の人生を自分で切り開いている姿にも憧れました。

――俳優を辞め、まずは路上ライヴを始めたそうですが、最初から自分で思ったようにいきましたか?

阪本: それがもう全然ダメでした。大阪駅でアンプを転がし、セッティングも完了していざ歌おうと思ったら、ギターの音は出ているのに恐怖で声が全然出なくて。例えば役者の頃にやっていたミュージカルは、ステージに立つ前からすでに僕のことを待ってくれている人たちがたくさんいたわけじゃないですか。でも路上ライヴは、誰も自分のことなど気にもかけていない。その感じが物凄くショックでした。役者をやっていた頃、自分はどれだけスタッフさんやお客さんに支えられていたかを思い知らされた。ものすごく後悔しましたね。「あの世界に戻りたい」って。

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