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「愛」を選んだ眞子さまの結婚は性差別主義的なのか

5/25(木) 8:06配信

ITmedia ビジネスオンライン

 秋篠宮家の長女、眞子さま(25)が一般の男性と結婚されることが判明した。日本人にとって、おめでたいニュースであることは間違いない。

【米NBCは「結婚後に皇族離脱」という記事を掲載】

 実は日本の皇室の話題は世界でも注目されており、今回のニュースも世界中で広く報じられている。

 海外記事のニュアンスはいろいろで、中には頭を傾げたくなるものもあるが、日本のニュースが海外でどのように報じられるのかは、興味深い。日本人なら気が付かないようなポイントを指摘することもあれば、日本人のニュアンスとは乖離(かいり)しているものも見かけるからだ。

 では今回の眞子さまの婚約を世界のメディアはどう伝えたのか。

 海外の報道を見ていて印象的だったのは、数多くのメディアが「愛のために皇室から離脱する」「皇族離脱」という文脈で伝えていることだ。多くがそうしたタイトルを付けて報じているが、日本人から見るとちょっとこのニュアンスに違和感を覚えるのではないだろうか。そもそも結婚することがニュースで、皇室を離れることがニュースではない。現在の皇室典範に則って、眞子さまが結婚して皇族から離れられることに日本人はあまり注目していないように思われる。いくつか海外の報道を紹介したい。

●海外メディアの報じ方

 米テレビのNBCはやはり、「結婚後に皇族離脱」というタイトルの記事を掲載し、さらに結婚のために王位を捨てた「英国のエドワード8世を思い出させる」との話を盛り込んでいる。1936年に、バツ2の女性と結婚するために王室ともめて国王の座を退位したエドワードの恋の顛末(てんまつ)は『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』として映画にもなったほど有名だが、さすがにここでもち出すのはかなり無理がある。眞子さまの結婚はもっとシンプルかつ爽やかであり、そこまで大層な話ではない。とにかく、皇族の地位をかけた恋とでもしたいらしいが、かなり強引でピンとこない。

 フランスのテレビ局ユーロニュースは、「プリンセスは愛のために王族の肩書きを諦める」とのタイトルで配信。記事では「愛のために、プリンセスは東京にある広大な宮殿や皇室費を手放し、もっと控えめな家に引っ越して税金を払い始めることになる」と、少し俗っぽい感じで紹介している。

 アイルランドのインディペンデント紙は、「プリンセスの婚約は日本の王位継承議論を再燃させるかもしれない」というタイトルを付けてはいるが、当たり障りのない記事を載せている。英国のガーディアン紙は「日本の天皇家では、女性皇族が恋に落ちる代償は大きい」とした上で、「男性のみの王位継承の議論を再燃させている」と指摘する。

 さらに、インドのアウトルック誌は、「ちょうど叔母(黒田清子さん)と同じように、日本のプリンセスは一般人と結婚して王族の地位を失う」という記事を掲載している。フィリピンのインクワイヤラー紙は、眞子さまが一般人との結婚で皇室を抜けると報じられていることで、「このニュースはショックなものだが、この話によって、日本の王位継承における男女同権の議論になっている」と書く。日本でも世界でも、今回のニュースはショックとは受け止められていないが、フィリピンではショックなのだろうか。記事を読んでもその真意は分からない。

●皇室典範が「性差別主義的」?

 米ニューズウィーク誌は特筆すべきかもしれない。「日本のプリンセス眞子さまは、一般人と結婚するため、また王位継承のルールが性差別主義的であるために皇室に残ることはできない」という長いタイトルの記事をWeb版にアップしている。皇室典範が「性差別主義的」だと断言しているのだが、日本人向けの記事なら物議になってもおかしくない言いっぷりだ。

 記事は、「皇族の女性に対する差別に日本が取り組まないために、日本は2016年に国連女子差別撤廃委員会から非難を招いた」と指摘する。

 確かに2016年、同委員会は日本についての最終見解に、男系男子の皇族だけに皇位継承権があるのは女性に対する差別だとして、皇室典範を見直すべきとする勧告を含めていたことが判明した。日経新聞によれば、政府は「ジュネーブの日本政府代表部を通じて『国民から支持されている皇室制度について十分な議論がないまま取りあげるのは不適切だ』と同委に反論」した。そして日本政府の抗議によって、最終的に削られたという経緯がある。

 当時、ネット上では「国連を脱退せよ」「不敬だ」といった批判が噴出して盛り上がったことは言うまでもないが、逆に男系男子にこだわるのはいかがなものかという声も一方で聞かれた。

 米ニューズウィーク誌の同記事では、婚約が明らかになった眞子さまは、国連からも批判の上がった日本の「性差別的」な皇室典範に影響を被った最新のケースであるとしている。冷静に客観視しても、この記事からは女性の権利を訴えたいフェミニスト的なニュアンスが端々に感じられる。確かに、歴史や文化の側面を二の次にして考えると、男性しか王位継承できないのは不公平で今の時代にはそぐわないのかもしれない。だが日本独特の文化や歴史をじっくりと見ていくと、そんな単純な話では済まない。

 少なくとも、今回の婚約のニュースを受けて、ここぞとばかりに皇室典範を「性差別的」と指摘して議論にしようとする手法にはやはり違和感がある。

 ちなみに、米ニューズウィーク誌の記事にはコメント欄が設けられているが、現在は日本人になった欧米出身らしき読者が、記事を書いた記者に対してこんなコメントを残している。

 「あなたは、ローマカトリック教会が性差別主義者的だと思うだろうか。女性の聖職者は1人も存在しない。女性がローマ法王になることはできない」

 そしてこうコメントをまとめている。「日本人として言うが、日本は日本人のものだということも指摘しておきたい。私はあなたの国がどう運営されるべきか述べるようなことはしない。あなたにも私の国についてとやかく言ってもらいたくない」

(山田敏弘)