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大山康晴名人手書きの棋譜ノート 26冊、倉敷の記念館に遺族寄贈

5/25(木) 8:20配信

山陽新聞デジタル

 将棋の大山康晴15世名人(1923~92年)が自戦の棋譜を手書きしたノート26冊が、遺族から故郷の倉敷市大山記念館(岡山県倉敷市中央)に寄贈された。プロになる直前の16歳から亡くなるまでの主立った棋譜が残されているとみられ、対局後の感想なども綴られている。日本将棋連盟(東京)にも53年以前の棋譜は残っておらず、「当時の戦いぶりとともに、大山名人の将棋観や人柄も伝える貴重な資料」(同連盟)という。

 大山名人と付き合いの深かった北村実大山名人記念館館長(83)が今年初め、東京都に住む大山名人の遺族に依頼されて遺品整理を手伝った際、寄贈を受けた。

 最も古いノートは表紙に「棋道」と書かれ、木見金治郎門下で奨励会に在籍した二段から、四段に昇格し棋士として第一歩を踏み出すまでの棋譜が記されている。1ページ目は兄弟子で、数々の名勝負を繰り広げた升田幸三・六段(当時)との一門会での一戦。駒落ちのハンディもあり大山が勝利したものの「升田さんは…あっぱく力が有る」などの感想を残す。

 52年に木村義雄名人に挑み、4勝1敗で初の名人位を獲得した際の棋譜も確認できる。棋譜の後ろには、「最後に至り緩手連続して敗れたことはあほーらしいやう」と人間的な一面が垣間見えたり、「急戦はそん(損)、持久戦えらべ」などと自らを戒めたりする言葉も。整った字で書かれ、若い頃からきちょうめんだった大山名人の性格を映し出すようだ。

 ノートの全容は分析中だが、特に珍しい初期の9冊を同館で展示中。北村館長は「貴重な遺品を散逸させたくないとの遺族の思いで寄贈いただいた。整理、研究して展示や公開など活用方法を考えたい」と話している。

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