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「米国、5・18発砲命令を事前に知っていながら黙認した」

5/25(木) 12:03配信

ハンギョレ新聞

米秘密通信記録チェロキーファイルを公開したティム・シャーロック氏 米情報局が作成した1980年5月21日「光州状況」を公開 「空輸旅団…発砲権限の承認を受けた」との記述 シャーロック氏「この資料で発砲命令者を把握するのは難しい」

 米国政府が1980年5・18民主化運動当時、戒厳軍による旧全羅南道道庁前での集団発砲命令を事前に知っていながら黙認したという主張が提起された。

 1980年5・18当時、米国務省と駐韓米国大使館がやり取りした秘密通信記録の「チェロキーファイル」を1996年に公開した米国のジャーナリスト、ティム・シャーロック氏(66)は24日午後、光州(クァンジュ)市庁5階のブリーフィングルームで「1979~80年における米国政府機密文書の研究結果説明会」を開き、米国防情報局(DIA)の「光州状況」(80.5.21)という題名の文書を公開した。5月21日は旧全羅南道道庁前で、空輸部隊の集団発砲で市民34人が現場で死亡した日だ。同文書には「空輸旅団は万が一絶対的に必要であるか、彼らの生命が危ういと思われる場合は、発砲できる権限を承認された」と書かれている。

 1995年~97年に行われた12・12および5・18に対する検察の捜査と裁判で、全斗煥(チョン・ドゥファン)と新軍部は一貫して1980年当時、空輸旅団部隊員らが危険に直面し、「自衛」のため偶発的に発砲しただけだとして、発砲命令を否定してきた。ティム・シャーロック氏は「これは、米国が集団発砲当日、発砲の命令について知っていたにもかかわらず、これを黙認したということを示している」としたうえで、「ただし、この資料だけでは発砲命令者を把握するのは難しかった」と述べた。

 1980年5月27日に作成された「米国防省情報報告書」には、新軍部が5・18が北朝鮮と関連があるかのように歪曲した情況を示す内容が書かれている。同報告書には、「群衆が刑務所を攻撃」、「300人の左翼事犯が収監されている」、「暴徒が地下の共産主義者によって操られているのではないかという懸念が広がっている」などと書かれている。このような新軍部の歪曲は5・18民主化運動を北朝鮮と関連付け、5月27日の戒厳軍光州再突入作戦過程で起きた虐殺を隠すため“意図的に”行われたものとみられる。ティム・シャーロック氏は59の米政府機密文書(3530ページ)を分析するため、今年4月初め光州市の招待で光州を訪れた。

光州/チョン・デハ記者(お問い合わせjapan@hani.co.kr)

最終更新:5/25(木) 12:03
ハンギョレ新聞