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自家焙煎コーヒーの楽しみ方――「The Roast」を作ったキーパーソンたちのこだわり

5/26(金) 15:26配信

ITmedia LifeStyle

 コーヒー好きにとって“世界一美味しいコーヒー”とは、自分の好み通りに淹れることができたコーヒーだろう。そのために豆の種類や淹れ方、あるいは器具にこだわる人などさまざまだが、なかなか手を出せなかったのが“焙煎”という行程。それを手軽に、誰でも楽しめるように企画されたのがパナソニックの「The Roast」(ザ・ロースト)だ。

福岡「豆香洞コーヒー」のオーナー焙煎士、後藤直紀氏

 The Roastは、季節に応じて厳選されたコーヒーの生豆が毎月2種類もしくは3種類届き、パッケージに印刷されているQRコードをiPhoneで読み込むと、Bluetooth対応の家庭用焙煎機が最適な形で焙煎してくれるというサービス込みのプロダクト。諸事情で開始時期が2カ月ほどずれ込んでしまったが、6月からいよいよ正式にサービスを提供することになった。今回は、The Roastを生み出したキーパーソンたちに話を聞き、そのこだわりと魅力を紹介していこう。

 キーパーソンとは、コーヒー豆の調達において全面協力している石光商事の買い付け担当者お2人、焙煎レシピを作成した豆香洞(とうかどう)コーヒーの焙煎士、後藤直紀氏、そしてパナソニック アプライアンス社でスマート焙煎機の開発に携わった井伊達哉氏だ。

●さまざまな国に旅をするような楽しみを

 石光商事は、もともと米国で創業したコーヒー豆の輸入商社だ。コーヒー豆の仕入れは、各地で生産された豆をオークション形式で買い付ける方法、現地の会社から購入する方法などいくつかの方法があるが、石光商事の場合は世界中の農園に直接赴き、コーヒー農家の方々と人間関係を築きながら、生産されたコーヒー豆を買い付けるという昔ながらの方法にこだわっている。主にアフリカエリアのコーヒー豆の買い付けを担当する鈴木年秀氏がその理由について話してくれた。

 「オークションで、そのときだけ美味しいコーヒー豆を買うことはできます。でも私たちが大事にしているのは、今年だけでなく、来年も再来年もおいしいコーヒー豆を購入すること。そのために焙煎してパッケージに入ったコーヒーを現地に持っていき、『去年の豆でこんなコーヒーに仕上がったよ』と現地の方々とやりとりをしながら、一緒に品質向上を目指して関係作りしています」

 石光商事は世界を大きく4つのエリアに分け、コーヒー豆の買い付けを行っている。そして「産地の担当者はもちろん、社内の研究開発室、品質管理担当、営業担当が4者一体となってコーヒー豆の味を作りあげています」と教えてくれたのは、ブラジルエリアを担当している荒川正臣氏だ。「まずは生豆に接するところから楽しんでほしいですね。大きい豆、小さい豆、形の変わった豆などいろいろあります。そういう部分を知ると、もっとコーヒーを楽しめると思います」

 The Roastでは年間36種類(もしくは24種類)の生豆が届く。セレクトは石光商事とパナソニック、焙煎士のの後藤氏の3者で行ったが、それはまるでパズルのような作業だったという荒川氏。「旬というキーワードだけでは、うまく収まらない月がありますし、2カ月同じような味が続くと楽しんでもらえないかもしれません」。苦労して選んだ生豆はいずれもスペシャルティ豆(スペシャルティコーヒー協会が定めた風味品質評価基準をクリアしたもの)。そして毎月の組み合わせや提供時期まで考え抜いた自信作だという。

 「今回は産地の豆の情報を伝えるジャーニーペーパーも用意されます。毎月異なる産地の生豆をお届けしますので、いろいろな国に旅をしている気分を味わってほしいです」(荒川氏)

●焙煎豆のエイジングも試してほしい

 “生豆に最適な焙煎プロファイル”を作成するのは、2013年に焙煎世界大会で優勝した福岡「豆香洞(とうかどう)コーヒー」のオーナー焙煎士、後藤直紀氏だ。The Roastでは1種類の豆に対し、その特徴を生かした焙煎度の異なる2~3種類の焙煎プロファイルを作成しているため、ユーザーは年間で最大100パターン近い焙煎を試し、その味や香りの違いを楽しめる。

 そもそも焙煎とは、コーヒー豆に火をいれて水分を抜き、香ばしい風味を出すこと。「生のコーヒー豆は、とても飲めるようなものでありません。熱を加えることで初めてコーヒーならではの香り、酸味、苦みが出てきます。しかし、同じ熱の与え方でも、タイミングや温度、風量によっても変わります。われわれはこの行為を“味をデザインしていく”といいますが、それはたまたまできるものではありません」(後藤氏)

 後藤氏が焙煎する時に大事にしているのは、コーヒー豆が持つ素材の味と“焙煎の味”を掛け合わせ、お客さんが美味しいと思ってくれる味を探すことだという。生豆の状態を見定めて、火かげんや時間などをコントロールして、味作りをしていく。コーヒー豆は世界中で生産され、しかも同じ原産国でも地域や、生産年によってもムラがあるという。それを見極めながら、美味しいコーヒーが淹れられるように焼き方を調整していく。

「コーヒーの味にベストはないと思います。それはお客さんがそう思ってくれたらいいこと。私たちはいろいろな味を提案して、お客さんに問い続ける。嗜好品ってそういうものではないでしょうか」

 では、The Roastではどのような美味しさを目指しているのだろうか。またThe Roastのプロファイル作りで気をつけたことはあるのだろうか。

「例えば外で飲むコーヒーには流行やトレンドがあり、そのお店の個性を楽しむ部分があります。でも、自宅で飲むコーヒーは日常なので、一番大切なのは“特別すぎない”こと。毎朝、毎日、飽きずに美味しく飲めることが重要だと考えます」(後藤氏)。プロファイルについては、「温度などの数字はすごく大事にしています。私は今までに2万回ぐらい焙煎を繰り返してきましたが、それをすべて記録しています。数字によるデジタルな部分と、色や香り、味などの感覚によるアナログの経験が結びつき、色々と見えてくることがあります。両方を大事にしながらプロファイルを作り上げています」と話している。

 さらに後藤氏にTheRoastの楽しみ方を聞いたところ、「焙煎した豆の味の変化を楽しんでほしい」とのこと。「うちのお店では、焙煎した後、1日経ってから豆を販売しています。それはまだ豆の中にガスが溜まっていておいしく淹れにくいから。ただし、この焙煎仕立ての味は自家焙煎でないと飲めません。そして、焙煎豆は生き物のように味が刻々と変わっていきます。これをエイジングと呼びます。焙煎直後のフレッシュな状態から、1日1日変化していく味をぜひ楽しんでほしいですね」

 おいしい状態が見つかったら、冷蔵庫に入れてその状態を維持することもできる。また、豆によっては2日目がおいしかったり、7日過ぎた頃から良くなったりとさまざまなケースがあるという。この変化そのものを楽しめることが、The Roastの魅力なのだ。

●スマート焙煎機の機能と未来

 The Roastのハードウェア部分となる家庭用焙煎機「AE-NR01」は、パナソニックが英国のベンチャー企業IKAWAと技術提携して開発したものだ。もちろん自社開発も検討したが、今回は素早く事業を立ち上げることを優先したという。パナソニックアプライアンス社の井伊達哉氏に立ち上げの経緯を聞いた。

「The Roastは、生産者や職人の技をお届けしたいという考えから生まれた企画です。2000年頃から“コーヒーの第3の波”などが盛り上がってきましたが、その頃、社内のスタートアップ技術などに常に注目する部署が、イギリスに面白い焙煎機があることを見つけていたこともあり、“自家焙煎”に挑戦してみようとプロジェクトを立ち上げました」

 技術提携を進める上で、最初に課題となったのが電圧の違いだった。ベースとなったIKAWAの焙煎機は230Vで動作するが、日本は100Vと半分以下だ。当然火力も半分以下になってしまうので、それではしっかりとした焙煎ができない。「温度や熱風のコントロール、正確さでIKAWAの焙煎機は優れていましたが、電圧の違いで火力不足になってしまうことは否めません。後藤さんからも、『6分でイタリアンローストができる火力に改良してほしい』と求められていたので、基板の配置から熱風が通る風路まで、ほとんどを日本向けに設計し直しましたね」

 火力を高めることには成功したが、社内に焙煎のノウハウがないという課題は残っていた。そこで開発陣も自らコーヒーを学び、中にはコーヒーマイスターの資格を取る者まで現れたという。

 一方、操作面を担当するスマホアプリの開発も同時に進めた。開発担当者は当初、プロファイルをダウンロードして焙煎機に送るだけでいいと考えていたが、開発を進めるうちに考えが変わったという。「『The Roast』が提案する世界観を考えると、単に操作できるだけではなく、よりコーヒーを楽しんでもらえるアプリにしたいと考えるようになりました」。最終的にコーヒー豆の産地情報や豆の豆知識など、読み物を盛り込んだコンテンツに仕上げた。

 最後に1つ気になっていたことを聞いてみよう。それは、本気のコーヒー好きだったらもっと自分で細かく焙煎の設定がしたいはず。より自由度とカスタマイズ性の高いアプリを提供する予定はないのだろうか。

 「実は、もともとIKAWAの焙煎機はプロユースのアイテムで、とても細かい設定が可能です。しかし、われわれが1000回以上も焙煎した結果、最初から自由に焙煎設定が行える状態で提供しないほうが良いと実感したのです。それほど焙煎という作業は難しい。ただし、IoT機器ですから自由度の高い設定機能を後で追加するなど、進化させることができます。まずは、コーヒーを焙煎しておいしく飲むという体験を多くの人にしてもらい、その後で、ユーザーの声を聞きながら機能追加なども検討していきたいと思います。The Roastは、まだ始まったばかりですから」

最終更新:5/26(金) 15:26
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