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工場跡地、最後の姿 旧日本加工製紙、高萩で来月写真展

5/27(土) 12:00配信

茨城新聞クロスアイ

高萩市などの写真愛好家でつくる高萩写友会(一条清一会長、会員15人)が、同市安良川の旧日本加工製紙高萩工場跡地を撮影した写真展を準備中だ。同製紙は2002年に破綻。工場跡地は現在、大規模太陽光発電施設(メガソーラー)の整備が進む。写友会は太陽光発電施設の設置工事が始まる前の貴重な最後の工場跡地の姿を捉えている。

高萩工場は1954年に創業。国道6号に近接し同市の玄関口とも言える場所に立地。操業時は市民の10人に1人が同社と関係があるといわれ、高い煙突から上る煙が市のシンボルだったという。自己破産後、工場内の設備は解体され国外へ。映画やテレビのロケ撮影に利用されたが、敷地内の建物は傷みが激しく、東日本大震災では煙突の一部が崩れた。

一般の立ち入りは禁止だったが、写友会は同市の一時代の経済を支えた工場跡地を写真で残したいと所有者側と交渉。昨年6月に12人が案内を受けながら約2時間撮影した。メンバーは一様に「敷地の広さに驚いた」という。ヘルメットをかぶり、事務所や変電所などの施設を回り、1人200カット以上をカメラに収めた。

「破綻した時につらく苦しい思いをした人も多かった」と発表をためらう意見もあったが、「破綻から15年が経過し、変容する高萩の大きな歴史の一つ」として、定例の写真展の作品に加えることになった。

木村英久さん(74)は「見学で入ったことがあって感慨深かった」と振り返り、シンボルだった3本の煙突を中心に撮った。亀山博史さん(69)は「がれきの中に花が咲いている姿に感動した」とシャッターを押した。国分宣行さん(74)は施設の外から工場跡地の様子を捉えた写真を出品する予定だ。

写真展は同市春日町のコミュニティー施設「リーベロたかはぎ」で、6月4日から10日まで(午前9時~午後5時。初日は同1時から、最終日は同4時まで)。テーマの「我が街高萩」の中で紹介される。半切や全紙の作品約20点のほかに、小さめの2Lサイズの写真も用意する予定だ。

一条会長は「つらい思いをした人もいるが、少しでも市の歴史を伝えられれば」と話す。 (飯田勉)

茨城新聞社