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美しくしなやかに…畠山愛理さん“2020”に向け大好き新体操発信

5/27(土) 14:00配信

スポーツ報知

リオ団体8位から引退…リスタート

 昨夏のリオ五輪新体操団体日本代表で、昨季限りで現役を引退した畠山愛理さん(22)が2020年東京五輪・パラリンピックへ再スタートを切った。今春の大学卒業後、米大リーグの上原浩治投手(42)=カブス=らを担当するマネジメント事務所に所属。これまでの競技生活の苦楽を振り返るとともに、「伝える立場」や「表現」をキーワードとして“2020”に向け活動する決意を語った。

【写真】リオ五輪の新体操団体決勝で演技を披露する畠山愛理さん

「キツかった…」

 リオ五輪とともに、競技生活に一区切り。まだ22歳だが、新体操は10代でピークを迎える選手が多く、他競技に比べ引退時期は早い。畠山さんは今、キャスターやモデル、コラム執筆などを候補に、さまざまな形で「発信する」新たな自分を思い描いている。

 「ずっと、好きっていう気持ちでやってこられたので、本当に(競技生活の)後半は感謝の気持ちでした。挫折もあったけど、周りの方々の応援と支えがあったからリオまで続けられました。悔いはない。今まで新体操だけやってきたので、いろいろなことを見ていきたいし、だからこそ知識を持たないといけない。これまでのような伝えてもらう側ではなく、伝える側になりたいと思っています」

 種目「リボン」の美しさに憧れ、6歳で競技を始めた。最初は前屈にも苦しむ“普通の女の子”だった。

 「体がすっごい硬くて、開脚も90度しか開けないし、前屈も手が足につかない子でしたね。柔軟が一番の基本になるので、まず耐えなきゃいけなかったです。本当に(股関節が)裂けたのかという感じで、あれはキツかった…。でも、泣きながらそれを超えた子じゃないと(大成するのは)無理なので」

 1年もすると、180度開脚ができる柔軟性が身についていた。第一関門をクリアし、持ち前のしなやかさと美貌で頭角を現した。日本代表「フェアリージャパンPOLA」のオーディションに合格し、メンバーに加わったのは09年。中学3年生、まだ15歳の冬だった。練習拠点をロシアにも置き、日本と行き来する生活に入った。覚悟はしていたが、すごい世界だった。

 「チームを結成してわずか3日でロシアに飛んだので。予想以上でしたね。私もうロシアにいる…みたいな。アイフォーンもパソコンもないから親と連絡が取れないし、意味の分からない言葉(ロシア語)が出てくるし。もう、泣き泣きで…」

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最終更新:5/27(土) 14:00
スポーツ報知