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社説[「藍ちゃん」引退へ]県民に夢をありがとう

5/27(土) 9:20配信

沖縄タイムス

 日本の女子ゴルフ界をけん引し、現在の女子ゴルフブームのきっかけをつくった宮里藍選手(31)が今季限りで引退することになった。

 世界を舞台に活躍する日本人選手のはしりだった。プロ・アマ合わせ国内ツアー15勝、米ツアー9勝は堂々たる成績だ。

 「藍ちゃん」お疲れさま。県民に夢を与えてくれてありがとう。グリーン上の活躍を私たちは忘れない。

 藍選手は東村出身で、レッスンプロの父優さんの手ほどきで4歳から始めた。

 デビューは鮮烈だった。高校3年で出場した2003年9月、ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンでいきなり優勝した。アマチュアとして30年ぶり。18歳3カ月の史上最年少(当時)の優勝だった。

 その直後に母校の東北高校(宮城県)でプロ入りを宣言した。翌04年には国内ツアーで5勝を挙げる華々しい活躍をみせた。

 155センチと小柄ながらアプローチやパットなどの高い技術、抜群の集中力が強み。プレー中はりりしく、プレー後のインタビューでは快活な受け答えでファンを魅了した。

 愛くるしさも併せ持ち、沖縄だけでなく全国的に「藍ちゃん」ブームを巻き起こした。出場する大会はどこも大にぎわいだった。

 05年に制覇した日本女子オープン選手権の4日間トータルの観客動員数は史上最多で、いまだに破られていない。

 県民は日曜日のテレビ中継にくぎ付けになり、藍選手の活躍を我が事のように喜んだ。

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 藍選手は国内ツアーで順調に優勝を重ねた。「いつかプロになって米国で活躍したい」。小さいころからの夢をかなえるため、06年から米ツアーに本格参戦した。

 だが、道のりは決して平たんではなかった。強豪選手がひしめく中で勝てない時期が続き、スランプに陥った。「もうゴルフはやめなきゃいけないんじゃないか?」。そこまで思い詰めていた、と著書で明らかにしている。

 転機になったのはメンタル面でコーチの指導を受けたことだった。自分の中にすでにある最高の部分を引き出すというアドバイスで、自分を見つめ直し、リズムを取り戻した。過去を悔やまず、未来を考えすぎず、「今」に自分を置くことに集中したという。

 09年7月の米ツアーで初優勝した。10年6月には日本人選手として初めて世界ランキング1位と頂点を極めた。

 あきらめずに挑戦し続ける姿に県民は励まされた。

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 藍選手は兄の聖志選手、優作選手とともに、「宮里3きょうだい」と呼ばれる。そろって活躍する「宮里ファミリー」の姿は「ゴルフ王国」沖縄を全国に印象づけた。

 その影響で、県内の高校にゴルフ部ができ、ゴルフ練習場で少年少女の姿が目立つようになった。

 十代、二十代のトッププロの中には、藍選手にあこがれてゴルフを始めた選手が多い。今季限りでの引退を表明したが、出場する試合はまだ残る。最後まで全力でプレーする姿を楽しみにしたい。

最終更新:5/27(土) 9:20
沖縄タイムス

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