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「ホテル全室の受信料払え」NHKvs東横イン、巨額受信料をめぐる20年戦争の裏側

5/28(日) 9:21配信

弁護士ドットコム

NHKは5月9日、2016年度決算の速報を発表し、受信料収入が3年連続過去最高であることを報告した。背景には、受信料徴収の強化がある。

象徴的なのが、ホテル全室分の放送受信料をめぐり、東横イングループと争った訴訟だ。東横インは2014年2月から、全室分の受信料を支払っているが、NHKはそれ以前の2年間の未払い分を要求。今年3月29日の東京地裁判決は、NHKの請求をほぼ認め、東横イン側に計約19億3000万円を支払うよう命じた(その後、東横インが控訴)。

ホテルとの訴訟では、3月13日にも板橋センターホテルに対し、全室分の受信料の支払いを命じる東京地裁の判決が出ている。NHKによると、宿泊施設を相手に起こした訴訟は全部で22件。このうちNHKの勝訴や和解などで支払いに至ったケースは15件で、7件が係争中だという。

裁判の背景には何があるのか、現在レオパレス住民の受信料問題でNHKと争っている前田泰志弁護士に、東横イン裁判の判決文を読み解いてもらった。

●ホテル側は「免除の合意があった」と主張

「まず、どうして全室分の受信料を支払わないといけないかというと、NHKが定めている放送受信規約がそうなっているからです」

前田弁護士はこう説明する。放送法は、テレビなどの「受信設備を設置した者」に対し、NHKとの受信契約を義務づけている(放送法64条1項)。これを受けて、NHKが定めている放送受信規約は、事業所など住居以外にテレビを設置する際は、「受信機の設置場所ごと」に契約が必要とする(規約2条2項)。「設置場所」の数え方は、部屋や自動車単位だ(同4項)。つまり、ホテルなら、1部屋ごとの契約が求められている。

「今では多くのホテルが1部屋ごとに契約しているようですが、かつてNHKはこの規定通りに受信料を徴収してはいませんでした。この点について、東横インなどホテル側が主張しているのが『合意』の存在です。ホテル側はNHKとの間で、全台ではなく一定台数の契約で良いとする合意があったと主張しています」

●2006年の「会計検査院」指摘で方針が変化

裁判で東横インが主張したのは、「1997年」「2008年」「2010年」「2011年」の4つの合意だ。以下、東横インの主張を見ていこう。

東横インの創業は1986年。同社によると、NHKは長らくホテル1棟につき1台分の受信料しか求めていなかったという。

しかし、それでは少ないということで1997年2月、創業者の西田憲正氏とNHKの担当者の間で、全テレビの5%相当の受信料を払うという「1997年合意」が成立したとされている。5%の根拠は、ホテルの稼働率を60%、宿泊客の半分がテレビを見るとして、ビデオを含めた6チャンネル分で割るというものだったようだ。

しかし、2006年、会計検査院が東横インの契約率が5%であることを指摘し、NHKに締結件数の引き上げを求めたことで状況が変わる。「このことはメディアでも大々的に取り上げられ、NHKは受信料徴収の強化を余儀なくされたようです」と前田弁護士。

ほどなくNHKは契約率の低いホテルを中心に対応を強化。徴収率を上げるため契約率100%の事業者に対し、受信料がほぼ半額になる「事業者割引」も始めた。しかし、ほかのホテルを説得するには、東横インに全室契約してもらわないと示しがつかない。一方の東横インも急に全台は難しい。そこで結ばれたとされるのが、「2008年合意」だ。

●段階的に受信料を上げていく方針だったが…

2008年合意の中身は、当面の放送受信契約の締結率を5%から20%にしたうえで、5年後の2013年10月までに100%の契約となるよう、段階的に契約の締結率を引き上げるというものだったという。

しかし、ほどなく東横インが待ったをかける。経営の関係から、締結率の引き上げを猶予し、一時的に25%の据え置きにしてほしいというのだ。これが東横インの主張する2010年・2011年合意だ。

「東横インは2014年2月、契約率を100%にしました。2010年・2011年合意で進捗度合いが変わったものの、2008年合意の内容は守った。だから、合意の割合を超えて裁判でNHKが求める2012年1月~2014年1月までの全室分の支払いは免除されていると主張したのです」

NHK受信料の請求権の時効は5年。今回の請求が2012年からなのは、全室にテレビを設置したことが証明できるのが、この時期からという事実認定の問題だという。

●NHK「免除の合意はしていない」「一貫して100%を求めていた」

一方のNHKはどう主張したのか。

「NHKは、免除の合意はしていないと主張しました。そもそも、現場の判断で免除してしまうと、総務大臣の認可なく、受信料を免除してはならないとする放送法64条2項に違反するから、ありえないと言うのです」

であれば、なぜ東横インは100%ではなく、5%や20%、25%といった契約率で許されていたのか。

「NHKの主張は、『一貫して100%の契約を求めていた』というものです。ただし、完全契約にこだわって一銭も徴収できないと困るため、申し出があった分については受け取っていたとしています。そのうえで、100%に向けて交渉していたと」

「合意」を示す契約書などはなかったのだろうか。

「平成20年合意では、数回の協議をへて、各年の目標契約パーセントを示した申込書が交わされたようです。NHKもこのこと自体は認めていますが、東横インの経済状況を考慮して、一時的に支払いを保留しただけで、免除したわけではないと主張しました」

結局、裁判所は、東横イン側が一定台数の契約を申し込んだだけと判断。申込書には「免除する」といった文言がなく、「合意が成立した場合でも、放送法、放送受信規約に従う」という条項があるなどとして、NHKの主張を受け入れ、東横インが主張する「免除の合意」すべてを否定している。

「東横インはこのほか、住居の場合は1人1件の契約で良いのに、事業所の場合は部屋ごとに契約しなければならないと定めているNHKの規約は、業者に過重な負担を課し、違法であるとも主張しました。しかし、これも認められませんでした」

なお、冒頭で紹介した板橋センターホテルの裁判も同様のケース。開業した2003年以来、117台あるテレビのうち、10台分だけの支払いを続けていたが、2015年になって全台分の支払いを求められたそうだ。ホテル側は、業界の慣習にならい、空室率などを考慮して、NHKと「合意」した数字だったと主張したが、裁判所は認めなかった。

●レオパレス住人への受信料請求「ホテルの場合と矛盾する」

ホテルに対しては、空室であっても受信料の支払いを求めているNHKだが、あらかじめテレビが備え付けられている賃貸住宅に対しては、空室期間中の受信料は請求していない。

この点について、今年5月31日、東京高裁で注目の判決がある。「レオパレス21」の住人に受信料の支払い義務があるかどうかという内容だ。一審は元住人が勝訴し、NHKが控訴。前田弁護士は、元住人の代理人を務めている。

「放送法64条1項は、『受信設備を設置した者』に受信料の支払い義務があるとしています。争点は、文言通りに捉えるか、占有管理する者(住人)にまで拡げて解釈するか。NHKは客ではなく、テレビを設置したホテルに受信料を払えと言う一方、レオパレスの場合はテレビを設置したオーナーではなく、住人に払えと主張しているわけです」

レオパレスによると、2017年4月末時点での総戸数は56万9805戸で、入居率は90.51%。NHKは現在、住人に対して受信料を徴収しているが、裁判で元住人が勝訴すれば、レオパレスないしは大家に受信料の支払い義務が生じ、入居のない約10%についても受信料が発生する可能性がある。

【取材協力弁護士】
前田 泰志(まえだ・やすゆき)弁護士
東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。2010年独立し,事務所開設。企業法務を中心に業務を行いつつ、最近は、NHK受信料問題にも取り組んでいる。
事務所名:前田綜合法律事務所
事務所URL:http://maeda-sogo.jp/

弁護士ドットコムニュース編集部