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磯崎キリン社長、「クラフトビール、若い社員の提案を1分で受け入れた」

5/28(日) 21:30配信

ニュースソクラ

「わが経営」を語る 磯崎功典キリンホールディングス社長(4)

――社会的課題の解決を図るCSV(クリエ―ティング・シェアード・バリュー)やクラフトビールなどの取り組みが、事業のポートフォリオを大きく変えるには、社員の意識改革が不可欠ではないですか。(聞き手は経済ジャーナリスト、森一夫)

 キリンが変わることを、みんなが実感してほしいと思っています。それは実際に形になってくると速いですね。クラフトビールも、ブルックリン・ブルワリー(ニューヨーク)との資本業務提携の段階にまでくると、「これは本気だな」とわかります。

 米国でブルックリンビールを売っている人たちは、セールスマンではないのです。商品の価値を伝えるブランド・アンバサダーです。IT(情報技術)企業のように、非常にインテリジェントな集団なんです。

 エリック・オッタウェイCEO(最高経営責任者)が、こう言っていました。「ハーバード・ビジネススクールなどを出てビール屋になるのは、以前はいなかった。みんなウォールストリートに行ったものです。しかし今やビジネススクールを出たのが、当社に来るようになりました」

 若い人たちの意識は変わってきているんです。金融ビジネスに入って、貧しい人たちにサブプライムローンを売っていたころは、カネがもうかればいいということでしたが、今は違います。英語で言うtangible、さわれる、手触り感のある仕事がいい。クラフトビールはなおかつ平和的でしょう。

――クラフトビールには、洗練されたイメージもありますね。

 飲食店も最近、スタイリッシュな店が増えました。こういう所にクラフトビールを提供して、その時々に合った多様なクラフトビールの楽しさを喚起していくことが大事です。これは面倒ですが、面倒くさいと思ったら終わりです。

 しかし全員がクラフトビールばかりに向くと、本家本元のビールがお留守になります。駅のガード下の焼き鳥屋さんでビールをあおるのもいいじゃないですか。私はこういうのが好きで、いろんな飲み方があるわけです。

――これからは自ら能動的に動く人材を、増やしていかなければならないと思いますが。

 クラフトビールを提案したのは若い人たちです。立ち話で「今ちょっとクラフトビールを考えているのですが」と聞いて、「おお、やってみろよ」と言ったのが発端です。ものの1分もかかりませんでした。

 その時、もし私が「何を考えているんだ。そんなことより一番搾りを売れよ」と一喝したら、彼らは「やっぱり社長は駄目だな。言っても無駄だ」と思って、終わっていたでしょう。

 最初の「スプリングバレーブルワリー」をやるとき、反対意見が半分くらいありました。しかし私は「反対はあるけど、これはやろう」と決めたのです。

――磯崎さんも若いころ、新事業の開発に携わった経験がありますからね。

 チャレンジさせます。うまくいかなかったら、損がいくら出るのか、ソロバンを置きますよ。でも、そうした経験を積むことで、自信がつくのです。みんなが私にどんどん提案してくれるのが理想です。

 かつてのキリンは、恥ずかしながら上からの指示で動く会社でした。それで間違いは無かったからですが、今は駄目です。自分で考えて自分で動く人間をつくる。それが人材育成の最終ゴールです。

 みんな、自分が社長だったらどうするのか考えてやってほしい。私が「オーナーシップを持て」と口を酸っぱくして言っているのは、そういう意味です。人は修羅場をくぐって成長します。

――磯崎さんは兵庫県尼崎市の工場の跡地に建てたホテルの総支配人をするなど、変わった経歴ですね。

 新入社員に話しました。「若いころは自分の意に沿わない仕事がいっぱいあるかもしれないが、とにかくやって極めるんだ。後から振り返ると、その点が全部つながって線になっている。私が言うのだから間違いない」とね。

 ビールメーカーとホテル事業とどんな関係があるのか、言い出したらいろいろありますよ。しかし泊まり込みでホテルを経営して、本当によかったと思います。

――ホテルで成果を上げて本社に戻ろうとは当時、考えていなかったのではないですか。

 全くないです。送別会は、かわいそうにという空気でした。絶対もうかる見込みのないホテルでしたからね。社長から「お前は、コーネル大学に留学してホテルを勉強したのだから、ご奉公だと思ってやれ」と言われました。なるほど、やるしかないですよね。普通なら、そのまま「ご苦労さん」でおしまいです。

 しかし何の仕事でも極めれば、楽しくなります。一生懸命やれば、誰かが見ていて、他の会社で使ってくれるかもしれない。私もキリンに「いらない」と言われたら、他でホテルマンになっていたかもしれません。

――幸いホテルは成功して、巡り巡って今、社長です。そうした経験は経営するうえで生きるのでしょうね。

 経営は、常に仮説と検証の連続だと思います。まず仮説を立てて試みて、いけそうだと思ったら、突き進む。時期が早かったなどの見込み違いがあれば、軌道修正する。当初の戦略が正しくても、世の中は変わりますから、仮説、検証の繰り返しです。

 人口減少で困ったなと正直思いますが、お客さんのし好は個性的な物や価値のある物に移っています。時代は動いています。その風をいち早く読んで、先手を打ち、それをまた検証する。

 しかしキリンが絶対に失ってはならないものがあります。それは品質、ものづくりへの執念です。まがい物は作らない。作り手の顔が見える、つまり作り手の思いが伝わる物を目指す。それがキリンのDNAです。これはどんな時代になろうとも守っていきます。
(磯崎氏のインタビューは今回で終わりです)

■聞き手 森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:5/28(日) 21:30
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