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橋爪功が振り返る役者人生「僕は長い間、2番手、3番手の俳優でした」

5/29(月) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

コラム【橋爪功 俺の役者人生極まれり】

 シリアスからコミカルまで、舞台、映画、ドラマと土俵を選ばず、出演した作品で独特の存在感を放つ。俳優の橋爪功、75歳。役者の道を歩み続けてはや50年以上、決して平坦な道のりではなかったその半生を振り返る。

  ◇  ◇  ◇

 僕が役者だけで食べられるようになったのは、40歳を過ぎてからです。それまでいろいろなアルバイトもしましたし、他人様に迷惑をかけたりもしました。ただ、役者を辞めようと思ったことは一度もありませんね。

 40代になったころから、テレビドラマのプロデューサーや監督が「この役はヅメさんしかできないから頼むんだよ」などと持ち上げながらオファーをいただくようになりました。ですが、よくよく見たら台本の一部が黒く塗り潰されていたり、何かを貼って修正されたりしている。そんな経験は一度や二度ではありません。これが何を意味するかというと、他の役者が断ったからこちらにお鉢が回ってきたということなんです。

 たいがいは周囲から毛嫌いされるような小悪党の役ばかり。ヒールとかヒーローとか大きな役ではありません。それでも制作側には第1、第2の候補がいる。そんなお目当ての役者に断られ、その次の役者に声をかけたものの難色を示されて、いよいよ撮影が迫ってきて、もう僕しかいないっていう時にオファーがくるわけです。僕は随分長い間、2番手、3番手の俳優でした。でも、それがうれしかった。あ、またあいつ断ったなって思うと余計に燃えちゃう。台本以上に鼻持ちならない役にしてやろうって気合が入るんです。

 当時は電車に乗ると、周囲の人に避けられるなんてことはしょっちゅうありました。橋爪功っていう名前は知らないけれど、ドラマで見るちょっとだけ嫌な役のアイツだって。そういう自分に対する世間のイメージが何とも心地良かった。まさに「俺の人生極まれり」って感じでしたね。大阪人なので、自分を貶めたり笑いものにしたりすることが苦にならない。ふてぶてしいというか、野放図というのか。照れ隠しだろうって思ってくださる方もいますが、女房に言わせると「あなたはもともとデリカシーのない人」。まあ、へそ曲がりなんでしょう(苦笑い)。

 小人閑居して不善をなす、なんていいますが、人間は暇だったり一人きりでいたらロクでもないことをしでかすもの。それでも誰もが、大なり小なり自問自答するような苦しみを抱えていますよね。そこから逃げ出すのにフィクションは有効なんです。僕はたまたま役者という商売を選びましたが、趣味でもなんでもいいですよ。こんなひねくれ者が生き延びれてこられたのは、フィクションの世界に身を置けたからというのが一番大きいように思いますね。

▽はしづめ・いさお 1941年、大阪府出身。文学座、劇団雲を経て、75年に演劇集団円の設立に参加。以降、舞台・映画・テレビ等幅広い分野で活動。27日、主演作「家族はつらいよ2」(山田洋次監督、松竹系)が公開。