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[寄稿]『由煕(ユヒ)』を思い出しながら

5/29(月) 17:18配信

ハンギョレ新聞

 李良枝(イ・ヤンジ)という小説家がいた。5月22日は彼女が亡くなってから25年目となる日だった。

 日本で生まれ育った彼女は、日本の代表的な文学賞である芥川賞を受賞したこともあり、1980年代後半には韓国でもかなり知られていた。彼女の小説も当時はすべて翻訳されたが、今はほぼ絶版になり、彼女の本を読むためには古本屋や図書館に行くしかない。ややもするとすでに忘れられた存在に近いが、彼女が残した作品は今でも読むだけの価値がある。

 他の在日朝鮮人作家たちと違い、李良枝は登壇した1982年から死亡した1992年までの大半の時間をソウルで過ごした。彼女の作品も大半がソウルで執筆された。初期作は日本で過ごした時代の自分の経験を基にした、ある意味典型的な「在日朝鮮人文学」だったが、ある時点から作品の素材も韓国で生活する「母国留学生」に変わっていく。そのきっかけは、おそらく韓国語翻訳だった。日本の文壇で注目をあびながら、韓国でも彼女の作品が翻訳されはじめたが、その時から彼女は日本国内のマイノリティとして在日朝鮮人を描くのにとどまらず、韓国に来てもマイノリティとなる在日朝鮮人たちの姿を描くようになった。彼女はずっと日本語のみで書いたが、彼女が念頭に置いた読者はともすれば「韓国人」たちだった。

 韓国に来て無視されたり、疎外感を感じたという在日朝鮮人たちは多い。李良枝もそうだったが、日本で差別に対抗するためには民族アイデンティティが重要であるため、彼らが抱くようになる「祖国」に対する気持ちは「本国人」、つまり韓国に住む韓国人が考えるそれよりもはるかに強い。しかし、いざ「祖国」に来てみると、なぜ韓国語もできないのかと責められ、また「日本人」扱いを受けて傷付くことがしょっちゅうある。特に李良枝が韓国で過ごした80年代は、在日朝鮮人に対する理解が今よりもはるかに不足しており、彼女は「祖国」でも異邦人であることを感じざるを得なかった。このような感情が、彼女が母国留学生を主人公にした作品を書くことになった動機だっただろう。

 事実日本で差別を受ける在日朝鮮人たちの話は、韓国では「韓国人」のアイデンティティを強化させることで消費されうる。しかし、韓国で疎外感を感じる在日朝鮮人たちの話は、その「韓国人」という範疇を不安定にさせる。「同じ韓国人」という意識が決して自明ではないという事実があらわになるということだ。外国人よりも在日朝鮮人に対する「韓国人」の態度が寛容でない理由はここにある。在日朝鮮人たちは「韓国人」という規範を混乱させるため、不都合な存在とされるのである。

 李良枝の代表作『由煕(ユヒ)』は、このような混乱を意図的に追求した作品だ。この作品もやはり母国留学生を扱ったが、その前に書いたものとは異なり、小説の話者が本国人である点が重要だ。作品のストーリー自体は「由煕」という母国留学生が最後まで韓国社会に適応できず、日本に帰ることになる挫折の物語だが、その過程を本国人の視線を通じて描き出したことで、在日朝鮮人との出会いを通じて本国人のアイデンティティが揺れる姿を見せた。李良枝は本国人の位置から語るという『由煕』を通じて、「マジョリティ」を見慣れぬものにしようとしたのだ。

 「マイノリティ」は最近、韓国社会で重要な関心事だが、マイノリティが自分を攻撃すると考え防御的に反応する人も多い。ところがマイノリティが攻撃するのは「マジョリティ」というわれわれであり、そこに閉じ込められている人々に外の世界の存在を悟らせる。李良枝の挑戦は、彼女が病で亡くなったことで中断されたが、彼女が始めた『由煕』は今も続いている。

藤井たけし・歴史問題研究所研究員(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:5/29(月) 17:18
ハンギョレ新聞

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