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謝ったんだから、アナタが悪いんですよね。――IT訴訟 徹底解説

5/30(火) 6:10配信

@IT

 IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「謝罪」について考えてみたい。

【謝罪ゲット! 訴えたらお金がもらえるぞ】

 開発プロジェクトで何らかの問題が発生したとき、本当は自分たちに非があるとは思っていないが、「取りあえず謝っておこう」と考えるベンダーは少なくないだろう。筆者も昔、ユーザーテスト時にトラブルが発生し、「正式な謝罪文の提示がないかぎり、ここから先の作業はさせない」とユーザーに言われ、自分たちに非があるかのような文章を心ならずも作成せざるを得なかった経験がある。

 「ここから先の作業」にはトラブルの調査も含んでおり、謝罪文を出さないと原因調査すらさせてくれないというのだから、随分と理不尽な話だ。しかし当時は作業を再開したい一心で、謝罪文を書いて持って行った。同じような経験をしたベンダーサイドの読者もいることだろう。「お金をもらう身の悲哀」である。

 もっと耐えられないのは、心ならずも行った謝罪を言質にとられ、費用の減額やペナルティを要求されることだ。「謝罪は本心ではなかった」とは言えず、満額まではいかなくとも、ユーザーの納得する金額を払うことすらある。

 しかし、本当に自分たちに非があるならともかく、取りあえず行った謝罪により、客観的な検証もなく責任を負わなければならないのは釈然としない。

 本来は、どうなのだろうか。「謝罪=全面的に非を認める」ことになるのだろうか。

 今回は、謝罪が問題になった裁判を見ていこう。ベンダーが心ならずも自らの非を認めた場合、裁判所はそれをどこまで重要視するのだろうか。

●ベンダー代表者による謝罪と金銭返却提案が問題になった裁判

 まずは、裁判概要を見ていこう。

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大阪高等裁判所 平成27年1月28日判決から抜粋

あるユーザー企業が、経営情報システムの開発をベンダーに委託(請負契約)し、代金の一部を支払ったが、ベンダーが仕事を完成させなかったとして、この契約を解除し、債務不履行による損害賠償を請求した。

ベンダーは自身の仕事は完成したと、これを拒絶して裁判となったが、ユーザー企業は、ベンダーの代表者が、開発失敗の原因が自分たちにあることを明言しており、また、調停手続において、一部の金銭をユーザー企業に支払う提案もしていることは、ベンダーが自ら仕事の未完成を認めたことになると主張した。
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 若干補足をすると、ユーザーが「仕事の未完成」と主張するのは、プログラムに欠陥が残存していることを指しているのだが、これらは改修のめどが立っており、それほど深刻なものではなかった。

 しかしユーザーは、これを仕事の未完成だと主張している。改修の見込みがある欠陥にそこまで主張する真意は分からないが、その論拠の1つが「ベンダー代表者による謝罪」だ。

 「謝っている以上は、自分たちの非を全面的に認めたのだろう」という主張だが、もちろんベンダーはそこまでは認めていない。「謝罪も調停手続中の提案も、あくまで、円滑に問題を収束させたいためのことだった」と主張している。

●「取りあえず謝罪」は、仕事の未完成を認めたことになるのか。

 プロジェクトが紛糾したとき、実際の経緯はさておき、顧客満足度を考慮してとにかく謝ってしまうということは、ベンダーの経営判断として必ずしも間違ってはいないのかもしれない。

 しかしこの事件では、この「取りあえず謝罪」をユーザーに利用されてしまった。この辺りを裁判所は、どのように判断したのだろうか。

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大阪高等裁判所 平成27年1月28日判決から抜粋(続き)

本件仕事の完成の有無は、その客観的な作業内容により判断されるべきであって、ベンダー代表者の発言内容によって左右されるものではない。

(中略)

ベンダー代表者は、別契約で別料金となる第2次開発を請け負うことにより、撤退表明後は人的支援などにより、ベンダーの損失を少しでも回収することを主な目的として、ユーザー企業の抗議内容に同調したり、謝罪を伴う発言をしていたにすぎないとも考えられるから、ベンダー代表者の発言内容のみをもって、直ちに、本件仕事が未完成であることの法的責任を認めたことになるものではない。

(中略)

(調停手続において、ベンダー代表者が、一部の金銭を支払うことを提案したことについて)調停手続は、当事者双方の法的主張の当否を判断することなく、当事者双方が譲り合って円満な解決を目指す手続であるから、一定額の提示をしたことや、未払請負代金請求をしなかったことが、本件仕事の完成の有無と無関係であることは明らかである。
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 裁判所は、「謝罪や金銭支払いの申し出の有無によって、システム完成の判断は左右されない」と判断した。商売のことを考えれば、受注者がお客さまに同調して非を認めるような発言をすることはあり得るが、それが仕事の未完成を証明するものではないとの考えだ。

 ベンダーサイドの読者は少し安心しただろう。ユーザーサイドの読者は、ベンダーの言質を取るために謝罪を要求することが、法的な場ではあまり意味のないことだと気付いていただけただろう。

●ユーザーに隙を見せぬためには

 ただし、判決文をよく読むと「ベンダーにも多少、甘いところがあった」と感じる部分がある。

 実際、ベンダーの仕事は客観的に見て、完成したと言って良いレベルに達していた。多少の欠陥はあるものの、作成したプログラムは、ユーザーから示された仕様通りに作られており、システムの稼働に重大な支障を来すような問題もなかった。

 それにもかかわらずユーザーから「仕事を終えていないから金は払わない。損害賠償を請求する」と訴えられたのは、このプロジェクトの「客観的な仕事の完了基準」が設定されていなかったことが原因だ。

 いつもながらの話だが、情報システムには欠陥は付きものである。もしも「全ての欠陥が除去されない限り、金は払わない」と言われたら、ほとんどの開発プロジェクトは永遠に終わらないだろう。だからこそ「ここまでできれば、取りあえずお金はもらえる」という「仕事の完了基準」が大切なのだ。

 「仕事の完了は、正常系の動作が仕様通りであり、また残存した欠陥についても、その解決が見込めること。今後、新たに発覚するかもしれない欠陥は、ベンダーが無償で対応できる体制を作ること」といった「完了基準」を作成し、ユーザーと合意しておけば、「仕事は終わっていない」と言われることもないし、代表者の謝罪も自らの非を一方的に認めるようなものにはならなかったはずだ。

 世の中には、正式な完了基準を作らず、「動くモノさえ納めてくれれば」「テストを完了したら」「欠陥がなければ」といった曖昧な言葉だけで進めるプロジェクトもあるが、この曖昧さがベンダーのハードルを上げてしまうこともある。

 「動くモノ」という言葉を、ベンダーは「正常系の動作」と考えても、ユーザーは「欠陥ゼロ」と解釈するかもしれないのだ。「第三者が客観的に判断できる基準」がないと、本判例のような仕事の完成を巡るトラブルになる。

 完了基準の作成は、システム作りの専門家であるベンダーが積極的にリードしていくべき作業だ。

 システムに何らかの欠陥が発生した際に、お客さま(ユーザー)にベンダーが謝罪するのは自然なことである。だが単純に「謝罪=損害賠償の対象」とはならないことを、本判例は示している。

 しかし、ベンダーが「自分たちの責任がどういうものであるのか」を事前に明確に定義しておかなければ、何に謝罪すればよいのかも分からないし、本判例のような余計な裁判を何年も続けることにもなりかねない。

●細川義洋
ITコンサルタント
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。

●書籍紹介
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成功するシステム開発は裁判に学べ!~契約・要件定義・検収・下請け・著作権・情報漏えいで失敗しないためのハンドブック
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本連載、待望の書籍化。IT訴訟の専門家が難しい判例を分かりやすく読み解き、契約、要件定義、検収から、下請け、著作権、情報漏えいまで、トラブルのポイントやプロジェクト成功への実践ノウハウを丁寧に解説する。

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最終更新:5/30(火) 6:10
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