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1年半で頂点に 平野美宇の“進化の秘密”指導コーチに聞く

5/30(火) 18:51配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 29日にドイツで開幕した世界卓球。メダルを目指す平野美宇(17)は31日未明にダブルス、31日夜(ともに日本時間)にはシングルスに登場する。今年1月の全日本卓球で日本のエース、石川佳純(24)を破って史上最年少優勝(16歳9カ月)を果たすと、4月のアジア選手権では中国勢を連破して日本人21年ぶりの頂点に。平野を指導するようになってわずか1年半で世界トップクラスに押し上げた、JOCエリートアカデミー女子監督の中澤鋭コーチ(38)を直撃した。

■「何が変わるの? なんでやるの?」

 2015年10月、中澤コーチが担当コーチになる前、平野は「守りの卓球」だった。強豪の中国人選手に勝つため、それを「攻めの卓球」へ大きくシフト。全日本で戦った、同級生の伊藤美誠(17)は「中国人選手とやってるみたいだった」と舌を巻いた。しかし、「中国式」の確立は簡単ではなかった。

「コーチになったばかりの頃、平野は指導者から言われることを全部『はい、はい』と言って聞くタイプだったのに、しばらくしたら、『今までこうしていたのに、何で次はその練習をやるの』『そうやることで何が変わるの』とうるさくて。練習中は驚くほど慎重で、何度も聞いてくるし、納得できないとやらないので、いちいち説明しないといけない。質問がすごく多くて、新しい戦術を練習し始めるまでにすごく時間がかかりました。僕ひとりの力では説明が足りなくて理解してくれないときは、他の指導者も交えて一緒に説明することも結構あります。探究心が強く、一度理解したことや納得したことは徹底してやるので、そういう部分は素晴らしいと思う。全日本(卓球)の決勝みたいに、戦術をすべて納得したうえで力を発揮できれば良い試合ができる」

 平野がそこまで石橋を叩いて渡るようになった原因は、リオ五輪代表に落選した2015年9月までさかのぼる。翌10月、中澤コーチとコンビを組んでプレースタイルを大幅に変更。その2カ月後、新スタイルで臨んだマレーシア世界卓球選考会(広島)で初戦敗退。それ以降、「変化に対する恐怖」が芽生えたという。

「リオに出られず、プレースタイルをガラリと変えようと思っていた。ただ、自分のものにするには時間が短すぎて、選考会で初戦負けしてしまった。その失敗があってから、平野には『もし変えたら完全にダメになるかもしれない』という怖さがあった。でも、『若いうちにいろんな挑戦をした方がいい』と説得した。僕がコーチになって2カ月くらいの頃、長いこと話をしましたね。結果が出るまで言い続けるしかないので、粘り強く説明しました。スピードやボールの回転量は他の女子選手に比べると優れているので、形になると思った」

■食生活に関しても「ハッキリ言う」

 卓球に対しては真面目で慎重すぎる半面、普段は天真爛漫な17歳。多感な時期でもあるが、中澤コーチは容赦ない。

「食生活に関しては、僕は『太っている』とかハッキリ言います。部屋に戻ったら(何をしているか)見えないし、お菓子が好きだから完璧ではないんだけど、本人も気を付けているみたい。自主的に僕の部屋にお菓子を持ってきて『私はもう食べないから、中澤さん持っていて』と言ってきたこともある。まあ、どうせ後で買って食べているだろうけど(笑い)」

▽なかざわ・るい 1978年、中国出身。24歳まで河北省のチームで卓球選手としてプレー。現役引退後に来日し、2008年に日本国籍を取得。「ミキハウス」のコーチに就任し、石川佳純を6年間、平野早矢香を1年半指導。15年4月から日本卓球協会に所属し、「JOCエリートアカデミー」のコーチに。現在は女子監督を務める。