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【インディ500】日本人初Vの佐藤琢磨 勝因をモータージャーナリスト・小倉氏が分析

5/30(火) 16:45配信

東スポWeb

 米インディカーレースの最高峰「インディアナポリス500マイル」(28日=日本時間29日)で佐藤琢磨(40=ホンダ)が悲願の日本人初制覇を果たした。ゴルフの「マスターズ」、野球のワールドシリーズ、NFLのスーパーボウル優勝にも匹敵する勝利を手にできたのはF1での挫折にも負けず、自分のドライビングスタイルを貫いた結果だった。モータースポーツジャーナリストの小倉茂徳氏が佐藤の勝因を緊急分析――。

 インディ500として知られる同レースは1911年に初開催され、101回という歴史と伝統を誇る。500マイル(約800キロ)を、時速370キロ前後の高速で争う世界最速の自動車レースだ。決勝日の入場者数は約40万人。単日開催のスポーツイベントとしては世界最大級であり、優勝は各スポーツ最高峰の大会勝利と同等の価値があるものだ。

 インディカーはF1よりも下に見られがちだが、オーバルコースのスピードはF1をしのぎ、高度な技と経験の積み重ねが求められる極めて奥が深いレースである。そこで、なぜ佐藤が勝てたのか。F1時代からの「攻めのスタイル」を貫いたからにほかならない。

 2002年からF1で戦った佐藤は04年の米国GPで日本人最上位タイの3位に入った。だが「ノーアタック・ノーチャンス」をモットーとし、常に攻めの姿勢を貫くドライビングスタイルは、安定した結果を重視するF1では「やりすぎ」として酷評されることも多かった。結果、08年を最後にF1シートを失い、10年からは戦いの場を米国インディカーシリーズに移すことになった。

 だが、ここでも佐藤のスタイルは変わらなかった。その象徴が3シーズン目となる12年の今大会だ。最終ラップでトップを追い抜こうとして側壁に激突。F1であれば堅実に2位の座を守らなかったとして非難の対象となっていただろうが、逆に全米から絶大な人気を集めることになった。なかでもインディ500で最多の4勝を誇り、生きた伝説とされるA・J・フォイト氏(82)からは、佐藤の姿勢と勇気こそインディカーのヒーローの姿そのものだと高く称賛された。

 実力と勇気が認められた佐藤は翌13年からフォイト氏のナンバーだった14を引き継いだ(佐藤は今年移籍したため、現在のナンバーは26番)。野球に例えると巨人の背番号3を引き継ぐのと同様な名誉であることは想像に難くないだろう。フォイト氏の期待に応え、佐藤は13年のロングビーチGPでインディカーシリーズ日本人初優勝。今年は有力チームであるアンドレッティオートスポーツチームに移籍し、開幕戦では5位にも入っていた。

 佐藤はF1での経験を礎に、インディカードライバーとして心、技、体が最高潮に達してきている。今回の歴史的快挙はすべてが一体となってつかんだものだ。

最終更新:5/30(火) 16:45
東スポWeb