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函館大有斗「困難を乗り越える」“盛田魂”で8点差逆転!

5/31(水) 8:04配信

スポーツ報知

◆春季全道高校野球第2日 函館大有斗10x―9遠軽=延長10回=(30日、札幌円山)

 1回戦3試合が行われた。函館大有斗は10―9で遠軽にサヨナラ勝ち。ナインは、OBで2015年に亡くなった元プロ野球選手の盛田幸妃さん(享年45)の“盛田魂”を継承。最大8点のビハインドを背負ったが、一度は病を克服して活躍した先輩のように勝負をあきらめずに猛追。延長10回に今遼斗左翼手(2年)のサヨナラ犠飛で激闘を制した。今春のセンバツに出場した札幌第一は11―1で旭川大高に8回コールド勝ち。駒大苫小牧は3―1で東海大札幌を退けた。

 新出篤史が豪快な砂ぼこりを舞い上げて、ホームに生還すると、函館大有斗ナインが歓喜の輪を作った。延長10回、1死一、三塁で今がサヨナラ中犠飛。今は「先輩がつないでくれたので、なんとか返したかった」と執念で中堅にはじき返し、両軍合わせて19得点の激闘に終止符を打った。

 苦しみ抜いた。2回に先制したが、エース右腕・成田佑太郎が乱れ、5回に5失点、6回にも4失点を喫した。8点のビハインドにコールド負けの悪夢もよぎった。しかし東駿主将が「諦めムードはなかった」とナインは踏ん張った。

 6回に浅井佑太の2ランで反撃を開始すると、その後、4者連続四球などで1点差まで迫った。「相手が制球に苦しんでいるなら我慢して振らないのも作戦」と片口伸之監督(37)。試合前日のミーティングで確認した「気持ちは熱く、頭は冷静に」を実行し、7回に同点に追いついた。

 逆転劇の下地には「困難を乗り越える」というチームスピリットがある。最後まで諦めない姿勢を体現したのが、同校OBで横浜、近鉄で投手として活躍した盛田さんだ。現役時代に脳腫瘍を乗り越えて活躍し、「奇跡のリリーバー」として名をはせた。

 一度は「野球はできない」と診断されながら手術とリハビリを経てマウンドに復帰し、2001年にはカムバック賞を受賞した。学校玄関には盛田さんの甲子園出場時の写真も飾ってあり、サヨナラのホームを踏んだ新出も「有斗と言えば盛田さん。動画サイトでもよく見ていた」と憧れる。

 春夏13度の甲子園出場を誇る名門も、直近では97年を最後に聖地から遠ざかっている。「甲子園は憧れ。自分も行ってみたい」と今。受け継がれてきた“盛田魂”で、まずは6年ぶり4度目の全道Vをつかみ取る。(宮崎 亮太)

 ◆故・盛田 幸妃さん(もりた・こうき)1969年11月21日、北海道・茅部郡生まれ。函館有斗(現函館大有斗)で甲子園に3度出場。87年のドラフト1位で大洋(DeNA)に入団し、92年には主に中継ぎで52試合に登板。14勝6敗2セーブ、2・05で最優秀防御率のタイトルも獲得した。97年オフに近鉄に移籍。98年に脳腫瘍発症後は治療に専念し、99年に1軍のマウンドに戻った。02年の引退後は解説者として活躍し、15年10月16日に45歳の若さで生涯を閉じた。

最終更新:5/31(水) 8:04
スポーツ報知

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