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砲弾かお供え物か?無人島「神楽島」で謎の鉄球発見 長崎市文化財課 用途を検証中

5/30(火) 10:30配信

長崎新聞

 長崎市の式見漁港から北西約2キロの沖合に浮かぶ無人島の「神楽島」で、直径18・8センチ、重さ26キロの鉄球が見つかった。丸い形から大砲の砲弾のようにも見えるが、砲弾にしては大きいことなどから、市文化財課は用途などの検証作業に時間を要している。

 鉄球は、同市梁川町の黒川慎一さん(66)が1月上旬、乗合船で魚釣りに出掛けた際に島内の浜辺で発見。「鉄球の背後に表面が削れた山があったので、土砂崩れで浜へ転がってきたのではないかと思った」と話す。珍しいと思って持ち帰り、市文化財課へ預けて検証を依頼した。

 同課の学芸員、田中学さん(41)は「砲弾の可能性は小さい」と分析する。理由の一つが鉄球の規格だ。日本製の砲弾は大きいものでも重さ11~12キロ程度。また江戸時代からは外国製に倣って火薬を詰めるための空洞部を作るのが主流で、幕末以降になると円形からライフル砲の椎(しい)の実形へ移っていったという。

 一方、神楽島の鉄球は規格があまりに大きく、火薬を詰める空洞部もない。田中さんは「劣化の状態から漂流物とは考えにくく、船の重りにしても鎖を掛ける穴が見当たらない。考えられるのは神楽島にあった神社にまつわるもの」と推測する。

 「式見郷土史」(式見郷土史研究会編)によると、神楽島は、3~4世紀に三韓征伐を終えた神功皇后が神楽を奏したことが名前の由来という。神楽島の「飯盛岳」の山頂には1574年まで神社があったとされる。その後は式見地区内で遷座を重ね、1868年から現在まで乙宮神社(同市向町)に鎮座している。同神社の松本亘史宮司も「神功皇后は戦の神とも呼ばれている。神楽島へのお供え物として誰かが持ち寄った可能性はある」と話す。

 同課は今後、外部からの情報提供も受けながら検証を進める予定という。問い合わせは同課(電095・829・1193)。

長崎新聞社

最終更新:5/30(火) 10:30
長崎新聞