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2カ月で180万部! 『うんこ漢字ドリル』がバカ売れしている理由

5/31(水) 8:22配信

ITmedia ビジネスオンライン

 文響社の『うんこ漢字ドリル』(1058円、税込)が売れに売れている。3月24日に3万6000部を発売したところ、すぐに品薄状態に。SNSなどで火が付いて、わずか2カ月ほどで180万部を突破した。10年以上前から「出版不況だ。本が売れない」と言われている中で、なぜ学習参考書のジャンルでこれほど売れているのか。しかも、同社はこの市場に初参入なのに……である。

【ドリルは「うんこ」の形をしていた!】

 「うんこのドリル? 読んだことがないので、よく分からないなあ」という人もいると思うので、どんなモノなのか簡単にご紹介しよう。最大の特徴は、6学年分の全3018例文に「うんこ」を使っていることだ。例えば「第」という漢字については、「安全第一でうんこを運びます」「第一走者、ほかのうんこを次の走者にわたした」「うんこ物語 第一章『うんこの勇者たち』」と書かれている。これでもか、これでもかというくらいに「うんこ」が登場していて、これを読んだ小学生はゲラゲラ笑いながら、漢字を学習しているというのだ。

 このような漢字ドリルをどのようにして思いついたのか。すべての例文を考えた映像ディレクターの古屋雄作さんは、うんこをネタにした「うんこ川柳」をつくっていて、Webサイトなどで発表していた。古屋さんの友人である、文響社の山本周嗣社長はうんこ川柳を読んで、書籍化を検討する。しかし、本を出しても、誰に向けてのモノなのかよく分からなかった。悩みながら川柳を眺めているうちに、「漢字なら、子どもの役に立つのではないのか」と考え、企画が進んでいったのである。

 さて、少し前フリが長くなってしまったが、本記事のキモはここからである。社長から「うんこの漢字ドリルを出すぞー。編集はお前だー」と言われたのが、同社の谷綾子さんである。料理本などを編集してきた彼女は、これまで口の中に入れるモノを扱ってきたのに、次はお尻から出すモノを担当することに。社長のひとことから「うんこ漬け」の日々が始まるのである。

 うんこを使って漢字ドリルをつくる――。企画としては面白いが、表現を少し間違えると炎上するかもしれない。これまでになかった学習参考書を谷さんはどのようにして一冊の本に仕上げたのか。話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●リサーチを徹底的に行う

土肥: 『うんこ漢字ドリル』がびっくりするほど売れていますね。小学生が6年間に学ぶ1006の漢字すべてに3つの例文が掲載されているわけですが、担当編集を任されたときに不安を感じなかったでしょうか。というのも、すべての例文が「うんこ」ですよ。うんこ、うんこ、うんこ。表現をちょっと誤れば、保護者から怒られるかもしれない。「ウチのおぼっちゃまが悪影響を受けたらどうするんざますか?」といったクレームが殺到するかもしれない。ま、語尾に「ざます」を付ける人に、これまで一度も会ったことはありませんが……。

谷: 「うんこ」という言葉って、小学生の低学年と男の子は好きですよね。でも、高学年と女の子はあまり口に出さないので、嫌がるのではないかと思っていました。そのような先入観があったので、編集部からは「全学年のドリルをつくるのではなくて、1~2年生を対象にしたモノだけでいいのでは?」といった声がありました。

土肥: でも、全学年のドリルを発売していますよね。何があったのでしょうか?

谷: リサーチに1年ほどの時間をかけました。A塾に行って、B塾に行って、C塾に行って。子どもたちに、実際にやってもらいました。また、保護者にも見てもらって、たくさんの意見を聞いて回りました。

土肥: で、どうだったのでしょうか?

谷: 「うんこ」に対して、忌避する気持ちがほとんどありませんでした。個人的に「うんこの例文は面白いと思うけれど、大丈夫かなあ」と心配していましたが、子どもたちからは「面白い」、保護者からは「インパクトがある」といった声が多かったんです。また、楽しんでいるのは低学年と男の子だけでなく、高学年と女の子も笑いながら漢字を読み書きしていました。

土肥: 本を出すときって、それほど手間暇かけるものなのですか?

●うんこの形をしていた

谷: ここまでリサーチすることはほとんどありません。なぜこれほど時間をかけたかというと、やはり「うんこ」を扱っていたから。うんこのドリルは面白いとは思うけれど、どこに着地すればいいのか分かりませんでした。また、当社は学習参考書をつくったことがありません。個人的にもつくったことがありません。なにから手をつけたらいいのかよく分からなかったので、徹底的に話を聞いて回りました。

土肥: リサーチを行って、変更した点はあったのでしょうか?

谷: ありました。例えば、形。現在発売しているドリルは長方形の形をしていますが、リサーチのときにはこんな形をしていました。

土肥: うわっ、うんこの形じゃないですか。

谷: うんこの形は面白いし、かわいいけれど、「書きづらい」といった声がありました。また、1ページに1文字しか入らないんですよね。というわけで、どうしても厚みがでてしまう。

土肥: ちょっと比べていいですか。あっ、かなり違いますね。完成品よりも倍ほどの厚みがある。

谷: あと、保護者からは「うんこの形をしていると、片付けにくい」、書店からは「棚に並べにくい」といった声がありました。このドリルの最大のウリは、例文に特徴があること。例文を生かすにはどうすればいいのか。機能面でマイナスになることはなるべく避けようということで、うんこの形はあきらめて、いまの形にしました。

土肥: 例文についてはいかがでしょうか。「これはちょっと刺激すぎる」といった意見があったのでは?

谷: いえ、そのような声はなかったので、リサーチをして変更したところはありません。ただ、繰り返しになりますが、当社は学習参考書を手掛けたことがありません。いわば素人の集団なので、漢字ドリルを制作している編集プロダクションにチームに加わってもらいました。

土肥: プロからどのような指摘がありました?

●ドリルは信頼感が大切

谷: 細かいところをたくさん指摘されました。例えば「誰も席に着かないので先生が怒ってうんこを投げてきた」といった例文があったのですが、編プロの方からは「学級崩壊の象徴なので、常によくないです」といった指摘がありました。

土肥: 「妻が夫のうんこをつかんで窓の外に投げた」という例文に対しては、「事件になるので別の行動にしたいです」と指摘が入っていますね。また「うんこを鼻につけただけで怒るなんて、きみには失望したよ」については、「イジメ加害者側の論理です。NGです」といったダメ出しも。

谷: このほかにもたくさんの指摘いただき、面白さをキープしながら、変えなければいけないところは変える、といった作業を行ないました。基本的に、楽しくて、ポジティブに、人を傷つけない例文にしたことで、子どもだけでなく保護者にも受け入れられたのではないでしょうか。

土肥: 「うんこ」を例文にするのは面白い試みだなあと思うのですが、その一方でドリルって信頼感が大切ですよね。例文を読んでゲラゲラ笑っているだけだと、保護者から「これはダメざます」と思われてしまう。

谷: おっしゃるとおりです。ドリルを使って子どもたちはきちんと勉強をするようになってもらわなければいけません。そのためにどんなことをしたのか。例えば、ひとつの漢字に対して、読み、書き、書き――となっているんですよね。なぜこのような形にしたかというと、このドリルで勉強をする子どもは、勉強があまり好きでない、苦手だ、といった層を想定していたから。というわけで、初めて触れる漢字については、まず「読み」から入るようにしました。

 このほかにも、さまざまな工夫をしました。例えば、1年生は書くことに慣れていないので、マス目を大きくしました。あと、子どもが覚えやすいように、似たような漢字を並べました。そうすると、例文の内容まで似てくるんですよ。例えば、植物に関係する漢字だと、例文も似てくる。そうなってはいけないので、例文を考えていただいた古屋さんには、何度も何度も修正していただきました。6年分で3018例文ありますが、ボツになったものを含めると全部で4000ほど考えていただきました。

土肥: ドリルができるまで、谷さんも毎日うんこの例文を編集してきたんですよね。頭の中は、うんこだらけだったのでは?

●初打席で場外ホームラン

谷: カオスな状態でしたね。どのうんこが正しくて、どのうんこが間違っているのか。いやまてよ、そもそもうんこだしな……といったことばかり考えていました。メールのタイトルも「うんこ、広告の件」「うんこ、発送の件」「うんこ、よろしくお願いします」といった感じ。うんこが日常用語になっていました。いや、まてよ。いまも、うんこは日常用語かな。

土肥: だと思います。このインタビューでも何度も「うんこ」が登場していますので(笑)。

土肥: リサーチをして、編集をして、ようやく完成したわけですが、「これは売れる!」と思った瞬間はあったのでしょうか?

谷: 編集部ではこのような話をしていました。「うんこの例文、おもしろいよね」「この例文、チョー最高だよね」「ミリオン(100万部)売れたらいいよね」と。でも、ドリルをつくったのは初めての経験だったので、どのくらい売れるのか全く分かりませんでした。小学生は約640万人いるので、「10分の1でも売れるといいね」といった話もしていました。

土肥: ドリルを出している出版社ってたくさんありますよね。そうした中で、文響社は初打席、初ホームランを放った。しかも場外ホームランといった感じ。なぜ既存の出版社は、うんこを例文にするようなドリルをつくることができなかったのでしょうか?

谷: 当社は2010年に創業しました。まだ10歳にもなっていないので、他社と比べて“タブー”が少ないのではないでしょうか。また「これは面白い!」と思えば、ナンデモアリといった社風があるんですよね。今回の『うんこ漢字ドリル』も社長が企画して、それが商品化に。他社ではあまりないことではないでしょうか。

土肥: タブーという言葉が出てきましたが、歴史のある出版社は「うんこ」の例文を使うことは、NGかもしれないと?

●英語ドリルはありかも

谷: ですね。読者から反論があったり、不快だという声があったりすると、それを排除しなければいけないといった厳しい基準があるのかもしれません。当社の場合、初めてのドリルになるので、そもそもノウハウがありません。ノウハウがあれば、リサーチの段階でうんこの形をした本をわざわざつくらないですよね。もったいないですし。そんな状況の中で、「うんこを例文に面白いモノをつくろー!」といった勢いがありました。だから、つくれたのではないでしょうか。

土肥: なるほど。「第2弾もつくってくださいよー」といった声もあるのでは?

谷: たくさんの人から、そのような声をいただいています。まだ、まったく手を付けていませんが、ひょっとしたら英語のドリルができるかもしれません。中学1年生の教科書には、“This is a pen.”と書かれていましたが、実際にはこのような例文って使わないですよね。英語を学ぶためだけの例文とも言えるわけで。そんな感じで、実際には使わない英語の例文をつくることができるかもしれません。

土肥: “You have some unko on your lip(口にうんこが付いていますよ)”、“I'm goint to take this unko.(このうんこを盗んでいくよ)”、“We call him Unkochan.(私たちは彼を「うんこちゃん」と呼びます)”――ふむふむ、いいかもしれない。楽しみにしています。

(おしまい)