ここから本文です

開発者は「家に3年ひきこもっていた」 仮想世界で人と集まる「cluster.」正式オープン 狙いは

5/31(水) 14:35配信

ITmedia NEWS

 大学院を中退し、家に3年間ひきこもった。理由は「なんとなく」。人と会いたくないわけではないし、好きな声優のライブにも行きたい。でも、移動時間がもったいないから、ただひたすら家の中にいた――そんな“元ひきこもり”の青年が開発した仮想空間サービス「cluster.」(クラスター)が5月31日、正式オープンした。

【画像】開発者は元ひきこもり

 VR(仮想現実)でイベントスペースを立ち上げ、他ユーザーと触れ合ったり一緒にコンテンツを楽しんだりできるサービス。2016年2月にα版を公開すると、試したユーザーから反響が続々。Oculus Rift開発者として知られるパルマー・ラッキー氏も利用するなど、国内外から注目を集めた。

 正式版では、誰もが無料でイベントを立ち上げられるようシステムを改良。エイベックス・ベンチャーズなどと提携し、アーティストやアニメ、2.5次元アイドルを生かした大型イベントも企画していく。

 クラスターの加藤直人CEOは静かに意気込む――「人々のひきこもりを加速させます」。

●外出せずに人と集まる「cluster.」 その仕組みは

 cluster.は、いわば「仮想空間上のレンタル会場」のようなサービスだ。会議室やセミナーホールなど、さまざまな部屋を模したVR空間を誰でも作れる。そこに他ユーザーを招待すれば、同じ空間で一緒にくつろいだり、しゃべったり、はたまたライブのような大規模イベントを開いたりできる。

 参加するには、Twitter/Facebookアカウントかメールアドレスでログイン。Oculus RiftやHTC ViveのようなVR HMD(ヘッドマウントディスプレイ)のほか、PC単体で参加することもできる。

 参加者同士は、シンプルな体にSNSのアイコン画像を組み合わせたアバターで交流できる。会場内でできることは、移動したり、テキストでコメントをつぶやいたり、音声でしゃべったり、拍手をしたり――。セミナールームで「壇上」に上がれば、動画やプレゼン資料などのコンテンツを映し出すこともできる。

 「人が実際に集まるには、移動時間や場所代がかかっていた。バーチャル空間なら、それらの“コスト”がかからない」(加藤CEO)。1つの仮想空間には最大数百人まで同時参加でき、さまざまなイベントに活用できると見込んでいる。

●「1年で話すユニークユーザーは10人くらい」 ひきこもりが突然起業

 加藤CEOは1988年生まれの28歳。2015年の会社設立以来、さまざまなスタートアップイベントでスピーカーとして登壇するなど“元ひきこもり”を感じさせる様子はみじんもない。だが「(ひきこもっていた)当時は、1年で会って話すユニークユーザー数はせいぜい10人くらい。わりと本格的にひきこもっていた」という。

 京都大学で宇宙物理学と量子コンピュータ理論を学び、その道に進もうと同大大学院に進学。しかし「そこでぷっつりとやる気が切れてしまった」。周囲も頭のいい人ばかりで、自分がやらなくてもその分野は何とかなるんじゃないか……研究室に行くのがつまらなくなり、下宿先から実家に戻ってひきこもり生活を始めた。

 ひきこもり生活は「結構、充実していた」。中学時代から独学していたプログラミングで受託開発の仕事をしたり、ほしいものがあればECサイトで買ったりした。自作のWebサービスを公開したこともあったが、全然ウケず、打ちのめされたりしたこともあった。

 家の外に出ない生活は「自分にはまったく苦痛ではなかった」が、それでも1つだけ、どうしても満たされない思いがあった――「水樹奈々さんのライブに行きたかったんです」(加藤CEO)。

 幼いころから大のアニメ好きで、高校時代に一度だけ行った水樹奈々さんのコンサートで「めちゃめちゃ感動した」。ひきこもり時代もBlu-ray Discなどは欠かさずチェックしていたが、ライブの感動はどうしてもよみがえらなかった。ただ、ライブに行きたい気持ち以上に、会場に行くのが面倒だった。

 「ムダな移動って面倒くさいじゃないですか。ライブ自体はとても行きたいのに、家から会場に行くまでの数十分がすごくムダに感じてしまい、行くことができなかった」

 「なんとなく困ったまま」何もしていなかったが、転機は突然おとずれた。ブログで自分のプログラミング技術などを発信していたところ、それを読んだベンチャーキャピタリストから何度も声がかかり、1年後に上京することに。何をするかも決めないまま、友人のエンジニアやデザイナーととりあえず会社だけ立ち上げた。

 いくつかWebサービスを構想し、たどり着いたのは「バーチャル空間で人と集まる」というコンセプト。4人で開発を始め、2016年2月ごろにcluster.の原型になるサービスをオープン。「だだっぴろい何もない空間に、ただスライドを投影してしゃべれるだけのもの」だったが、数百人のユーザーに使ってもらえた。

 「ああ、みんなこういうのがほしかったんだなって」。口コミで話題が広がり、現在までの1年間で開催されたイベントは数十回に。選べる部屋の種類や機能も増やしていき、アニメ制作会社のサンライズやバンダイとのコラボイベントも実現した。

 「cluster.のようなものはきっと、10人がVRを体験したら10人が思いつくサービス。α版を公開してからも『これ、作りたかったんだ』という声がすごく多かった」と加藤CEOは振り返る。それでも実際に手を動かし、数百人規模のイベントが可能な仮想空間を作れたのは、彼らだけだった。

●仮想空間で「人が会ったり、集まったりするインフラ」に

 cluster.が目指すのは「人が会ったり、集まったりするインフラになること」だ。そのために、大きく3つのアプローチを採る。

 まずは、一般ユーザーがイベントを開くハードルを下げること。正式版では、誰でも気軽にトークイベントなどを立ち上げられるよう、分かりやすいチュートリアルを用意。Oculus RiftのようなVR HMDを持っていなくても、PCだけでイベントを開けるようになっている。

 そしてもう1つは、大がかりなイベントではなく、単に「部屋に一緒にいる」という体験もできるようにしたこと。

 正式版では新たに「リビングルーム」や「会議室」を摸した部屋を用意。ユーザーはそれを立ち上げて、他ユーザーと一緒に動画を眺めたり、会議したりできる。そこではユーザー同士が離れた場所にいながら、本当の部屋にいるように過ごせるようになっている。

 そして最後に、ユーザーにとって「利用の目的」になる、魅力的なイベントを企画することだ。

 仮想空間でアバターを用いてコミュニケーションするサービスはこれまでも、FacebookのVRサービス「Spaces」や、古くは「セカンドライフ」などがあった。だが加藤CEOはそれらに対し、「正直、甘い」と指摘する。

 「(Spacesのようなサービスは)ユーザーに目的がないと使わない。遠距離恋愛をしている人であれば使うかもしれないが、多くの人にとってはわざわざ使う理由がないかもしれない。セカンドライフも、イベントはイベントとして存在していたが、ユーザーの日常と分断されてしまっていた。ただ“場”を用意しているだけでは、人々にはなかなか浸透しないのでは」(加藤CEO)

 cluster.は正式オープンに当たり、エイベックスやディー・エヌ・エー(DeNA)、ユナイテッドなどから約2億円の資金調達を実施。エイベックスとは資本業務提携を結んだほか、作詞家の秋元康さんなどが出資するパルスとも提携した。ノウハウやタレントを抱える各社と連携し、多くのユーザーをひきつけるイベントを企画していく。

 「イベントは“ハレの体験”として、人を集めるためのアクセルになる。それだけでなく、日常的な用途でも使ってもらうことで、コミュニティーを作っていければ」と加藤CEOは話す。

 ユーザーを集めるのと同時に、収益化の方法も模索していく。正式オープン時にはまず、ユーザーがイベントチケットを販売できる仕組みを用意。その売上額の30%を、運営元のクラスターが手数料として受け取る仕組みだ。

 「第1の目標は、たくさんのユーザーの“日常の選択肢”にcluster.が入っていくこと」――。加藤CEOはあらためて、前向きに言う。「ひきこもりを加速させます」。

最終更新:5/31(水) 14:35
ITmedia NEWS