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身代金はビットコイン

5/31(水) 12:01配信

ニュースソクラ

あとで読む 【資本主義x民主主義4.0】第一部 WannaCryの教え(2)予言していた医師がいた

 世界150カ国を混乱に陥れたのは「WannaCry(泣きたい)」と呼ばれるランサムウェアの一種で、マイクロソフトのオペレーションシステム(OS)ウィンドウズの脆弱性を標的にしていた。マイクロソフト社長ブラッド・スミスは自らのブログでこう断定した。「アメリカの国家安全保障局(NSA)から盗まれた脆弱性を利用したソースコードをモデルにWannaCryのソースコードは書かれている」
 
 ロシアとつながっているとみられているハッカーグループ「ザ・シャドウ・ブローカー」は今年4月、トランプ政権のシリア空爆に抗議して、盗み出したNSAのハッキングツールを公開した。その1カ月前から、マイクロソフトはリスクを察知し、ウィンドウズの脆弱性を塞ぐセキュリティーパッチの提供を開始していた。スミスのブログからは、ランサムウェアの原種を生み出したばかりか、有効な手立てを全く打てなかったNSAの無能ぶりへの苛立ちがにじみ出る。

 北京で開かれた「一帯一路フォーラム」に出席していたロシアの大統領ウラジミール・プーチンは欧米メディアが書き立てるロシア黒幕説を一蹴した。「マイクロソフトのトップは直接こう言っている。ウィルスのソースはアメリカの情報機関だ、と」

 一方、グーグルのセキュリティー研究員ニール・メハタは、ハッカー集団「ラザルス・グループ」が使っているソースコードとWannaCryの類似性を指摘した。「ラザルス・グループ」は2014年に米ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントから大量の資料をハッキングし、16年にはバングラデシュの銀行から9億5100万ドルを盗もうとした事件で注目され、背後で北朝鮮が糸を引いているとみられている。がしかし、真相は闇の中、いやサイバー空間の中だ。

 WannaCryには幸いにも拡散を止める「キル・スイッチ」が埋め込まれていた。「キル・スイッチ」のない新型のWannaCry 2.0がすでに出現しており、拡散を始めれば今回のように止める手立てはない。国家をサイバー攻撃やハッカーから守るべきNSAから攻撃ツールのソースコードが盗み出されるぐらいだから、政府や病院、大学のコンピューターネットワークはザルと言っても過言ではない。

 中でも人の命を預かる病院は、ランサムウェアの格好のターゲットだ。

 ロンドンの脳神経外科医クリシュナ・チンタパリは今回のランサムウェアが混乱を引き起こす2日前にイギリスの医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルに「身代金目当てに病院を乗っ取るハッカーたち」という予言的な論考を寄せていた。

 昨年2月、米ロサンゼルスの病院でコンピューターが乗っ取られた。当初、370万ドルの身代金がハッカーから要求されたと報じられた。10日後、病院はコンピューターの乗っ取りを解除してもらう見返りに身代金の1万7000ドルを仮想通貨のビットコインで支払った。ビットコインに換算すると、当時のレートで40BTC(ビットコインの単位)だった。

 チンタパリの調査では、身代金の支払いを公式に認めたのはこの病院だけだが、5カ月後、アメリカやアジアの病院が同じランサムウェアに襲われた。16年、アメリカではカリフォルニア州、インディアナ州、ケンタッキー州、メリーランド州、テキサス州の病院がランサムウェアに攻撃され、イギリスでも3分の1のNHSトラストが狙われていた。

【用語解説】国家安全保障局(NSA)

 米国防総省傘下の情報機関で、通信傍受や盗聴、暗号解読など電子情報の収集(シギント)を担当する。アメリカはイギリスと電子情報の収集に関してUKUSA合意を結んでいる。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドを加えたアングロ・サクソン系5カ国で「ファイブ・アイズ」と呼ばれるシギント同盟を構築、電子メールなど世界中のインターネット情報も収集している。

 米コンサルティング会社の情報技術者エドワード・スノーデンはNSAからの委託でシギントに従事していたが、NSAが「プリズム」と呼ばれるシステムを使って市民を監視していることに嫌気が差し、大量のファイルを持ち出して英紙ガーディアンにリークした。安全とプライバシーが大きな議論になったが、過激派組織IS(イスラム国)のテロやロシアや中国のサイバー攻撃に対抗するためとしてNSAの体制は一段と強化されている。

(文中敬称略)

■木村 正人(在英・国際ジャーナリスト)
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

最終更新:5/31(水) 12:01
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