ここから本文です

沖縄意識した自作曲が反響 「三線に助けられた」

5/31(水) 13:15配信

沖縄タイムス

シンガーソングライター シューベルトまつださん(51)=名護市出身

 東京を中心に全国のお祭りや物産展、音楽祭などに出演している。メーンの歌だけでなく、司会でも沖縄や故郷名護の魅力を発信する日々だ。沖縄の食べ物を題材にした楽曲を次々とリリース。中でも三線をベースにしたリズミカルなお祭りソングの「さーたーあんだぎーのうた」は子供から大人まで愛される代表曲だ。「自分は三線に助けられた。これからも歌で故郷に恩返しをしていく」と旋律を奏でる。

 取材の冒頭で名前の由来を聞いた。師匠と仰ぐギター漫談家のベートーベン鈴木さんにちなみ「シューベルトまつだ」となった。深い理由はない。「同じ音楽家つながりという軽いノリで。もちろんクラシックも全然知りません」と豪快に笑う。

 名護高を卒業後、ミュージシャンを目指して上京したが、子供向けヒーローショーの劇団員や芸人の付き人、ショーパブの司会など、目指す音楽の世界にはなかなかたどりつけなかった。

 それでも23歳の時、縁があって弟子入りした、ベートーベン鈴木さんの曲を手掛けることで、念願の作家デビューを果たした。そしてコミック歌手としても次第に知名度を上げていった。

 だが、地方営業で訪れたある街で、ステージに上がり、顔が青ざめた。看板には「シューベルトまつだ モノマネショー」。普段、曲の間に遊び心程度に入れるモノマネで公演時間が持つはずもなく、会場は重い静寂。当然、受けるわけもなく肩を落として舞台を後にした。「もうこの世界辞めようかな」と方向性を完全に見失った。

 転機は36歳。居酒屋でのライブで客から問われた一言だった。「沖縄出身なのに、三線は弾けないの?」上京して以降、意識して沖縄色を出さなかった自分を恥じた。それから2年間の猛練習を重ね、独学で三線を習得。「カバー曲でなく、オリジナルを作りたい」と、身近な沖縄の食べ物をテーマにした「さーたーあんだぎーのうた」を完成させた。

 子供でも口ずさめる歌詞とメロディーは反響を呼び、自作CDは即日完売。2005年、沖縄で正式にシングル化されると、沖縄の保育園や小学校で子どもたちが、振り付きで踊ってくれた。「うれしかった。あの時、音楽を諦めなくて良かった」

 昨年は名護市の特産品を取り上げた、「シークァーサーのうた」をリリース。果実の効能を入れた歌詞は市の事業PRにも一役買っている。「いつかは名護の歌だけのアルバムを作りたい」と目標を語った。(小笠原大介東京通信員)=連載・アクロス沖縄(50)

 【プロフィール】シューベルトまつだ 1965年、名護市生まれ 高校卒業後に上京。劇団員や芸人の付き人などを経て、コミックシンガー、ベートーベン鈴木さんに弟子入り。「電話のうた」で作家デビュー。36歳で初めて三線を手に取り、シンガーソングライターとして沖縄の食材をテーマにした楽曲を発表した。2008年には「さーたーあんだぎーの日(3月14日)」を日本記念日協会に自費で登録した。名護市非公認の観光大使。

最終更新:5/31(水) 13:15
沖縄タイムス