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「浜千鳥」に鎮魂の思い 亡き祖父に代わり弔い ハワイ慰霊祭

6/1(木) 5:00配信

琉球新報

 沖縄戦で米軍の捕虜となり米ハワイの収容所に送られた故仲田萬助さん(戦後に識名に改姓)=宜野座村出身=の娘・吉田三津子さん(63)と孫・真和さん(36)親子が4日にハワイで催される「ハワイ捕虜収容所沖縄県出身戦没者慰霊祭」に参加する。三津子さんに琉球舞踊を師事する真和さんは同日の交流会などで鎮魂の舞をささげる予定だ。


 萬助さんは沖縄に帰還した後、「いつかハワイに弔いに行きたい」と願っていたが、機会がないまま1999年に95歳で亡くなった。三津子さんは「父に『代わりに行っておいで』と言われたような気がする」と話す。


 「金武町史 第2巻『戦争・証言編』」などによると、防衛隊だった萬助さんは1945年6月24日ごろに現糸満市喜屋武付近で捕虜となった。屋嘉収容所に数日収容された後、ハワイに移された。戦後、三津子さんに「船底に押し込められ、『海に捨てられるのではないか』と恐ろしかった」と語ったという。

 収容所で萬助さんは隊長に指名された。三津子さんの兄・国頭冨士夫さん(64)には「若い捕虜に英語を教えるよう米軍と交渉した。そこで英語を学んだ人たちは戦後、沖縄で活躍した」と話したという。萬助さんは1年ほどで沖縄に帰還したとみられる。その後、与那原町議などを務めた。

 三津子さんは3日にハワイで開催される琉球古典音楽野村流音楽協会ハワイ支部の公演に出演する予定だ。3月に行われたハワイ沖縄プラザ建設のチャリティー公演で、ハワイ公演の翌日に慰霊祭があることを知り、真和さんと一緒に参加を決めた。

 真和さんは95年に屋嘉収容所の追体験をする金武町の事業で萬助さんの体験談を聞いたことがある。今回のハワイ訪問では異郷の地で古里を思うというテーマの「浜千鳥」を踊る。「おじいたちは『二度と沖縄に帰れないかもしれない』と考えていた。私は戦争を体験していないけれど、当時の(捕虜の)皆さんに思いをはせ、平和が続くことを願い踊りたい」と話している。(伊佐尚記)

琉球新報社

最終更新:6/1(木) 11:20
琉球新報