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土下座の父見て脱走癖改心 新大関・高安の知られざる素顔

6/1(木) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 31日、相撲協会の臨時理事会と番付編成会議を経て、正式に誕生した大関高安(27)は、この日の伝達式で「謹んでお受け致します。大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と口上を述べた。直後に行われた会見では「自分の気持ちを言えたと思う。堂々とするということは一番好きな言葉。どんな状況でも正々堂々と戦いたい」と話した新大関の素顔とは……。

■一塁手の長距離砲

 1990年2月、茨城県土浦市生まれ。父・栄二さん(66)、フィリピン人の母・ビビリタさん(54)との間に生まれた次男坊で、本名は高安晃という。

 中卒で入門した時はすでに180センチ、100キロの巨体を誇り、現在は186センチ、177キロ。先代師匠の故・鳴戸親方(元横綱隆の里)は一目見た瞬間、「この子は伸びるぞ」と素質に惚れ込んだほどだ。

 小学生時代からの愛称は「マルちゃん」。由来は「体が丸っこかったから」「巨人にいた助っ人のドミンゴ・マルティネスに似てるから」と諸説ある。

 兄弟子の横綱稀勢の里(30)と同じ、茨城県南部出身。少年時代に打ち込んだのが野球という点でも共通している。

 小学校4年時にリトルリーグで野球を始め、土浦第一中学校でも野球部に所属。当時、野球部顧問だった大山義夫教諭(現かすみがうら市立霞ケ浦北小学校勤務)はこう話す。

「ポジションはいろいろと経験して、最終的には一塁に落ち着きました。中3の最後の大会は代打でベンチ要員。あの体格ですから、飛距離はありましたね。下半身が柔軟なので、体格の割に捕球技術はメキメキとうまくなっていった。相撲部屋に入ると初めて聞いた時? 彼と相撲が結びつかなかったので、驚きました」

 大山教諭がこう話すのも無理はない。当時、高安は「角界」という言葉すら知らなかったのだ。

 中学3年時に担任だった浅倉慈男教諭(現つくば市立筑波西中学校勤務)は「私も角界入りを勧めた一人なんですが……」と、続ける。

「高安くんの進路がまだ決まっていなかった時です。個人面談などではなく、他の生徒もいる廊下でふと、『(進路は)角界ってのもあるよ』と、彼に言ったんです。すると『カッカイって何ですか?』と。その後、家に帰って親御さんと話したんでしょう。鳴戸部屋の下見もして、週明けにはもう入門が決まっていたんです」

■車から逃げ出す

 父の栄二さんも高安の祖父も、大の相撲好き。トントン拍子に“就職先”が決まったとはいえ、相撲部屋の厳しさを甘く見ていたのだろう。本人は「5回」と言うが、関係者によっては「いや10回だ」と言うほど、脱走を繰り返した。千葉県松戸市にあった鳴戸部屋から50キロ離れた自宅まで自転車で逃げ、父に連れ戻された時は信号待ちで止まった車から逃げ出したこともある。

 しかし、親方に土下座して謝罪する父の姿に、「オレは親に何をさせているんだ」と改心。その後は稽古に励むようになったという。

 支度部屋では稀勢の里同様、多くを口にしないが、根は陽気。地元茨城で巡業を行った際は、ボランティアで参加していた高校生が「ノリのいいお相撲さんだ」と、SNSに投稿していたほど。

 地元関係者は「フィリピン人のお母さんの血でしょう」と言う。

「ビビリタさんは非常に陽気。今場所の千秋楽のパーティーでもノリノリで大ハシャギしていたそうですね。職業? 確かご両親ともに、今は仕事をせずに悠々自適。ビビリタさんは都内にフィリピン料理のお店を出していたこともあったが、開店から1年ほどした去年、閉店したそうです。両国で本場所が開催される時は、頻繁に応援に行っていますよ。いつも2階のイス席にいるので、当日券を買っているんでしょう」

■断酒で臨んだ5月場所

 好物は母の作ったフィリピン風ビーフシチューだという高安は、角界でも有数の大食い力士。部屋関係者によれば「ほっとけばいつまでも食べてるし、目の前に食べ物があれば、なくなるまで平らげる」とのこと。本人も「節制しなかったら、200キロを超える自信がある」と豪語している。

 酒も何でもござれ。場所中であろうがなかろうが関係なく飲んでいた高安だったが、5月場所は違った。

「場所中に一度も酒を飲まなかったのは、今場所が初めてじゃないか。それだけ大関昇進に向けて気持ちが入っていたことに加えて、稀勢の里もここ数場所は酒を控えていますからね。高安も触発されたのでしょう」(相撲記者)

 稀勢の里は横綱昇進後、「高安を大関に引っ張り上げるのは自分の義務」と話していた。そんな兄弟子の期待に背くわけにはいかない。それだけに今場所は普段以上に気合が入っていたという。

 前出の浅倉教諭が言う。

「去年も1回だけ大関とりの場所があった(11月場所)。その前に本人と会ったら、『自分には無理じゃないか』と珍しく弱気だったんです。その言葉通り、失敗してしまった。それが今場所は表情から違っていたので、安心して見ることができました」

 稀勢の里と並ぶ同部屋横綱が誕生すれば協会も万々歳だが……。