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ひょっとしたら、白鵬は「悪役」を演じているのかもしれない

6/1(木) 14:29配信

ITmedia ビジネスオンライン

 大相撲の高安が大関に昇進した。都内のホテルで伝達式が行われたが、その会場に同じ田子ノ浦部屋で3歳年上の兄弟子・横綱稀勢の里も駆け付け、終了後の記念撮影でガッチリと握手。7月9日から始まる次の名古屋場所(愛知県体育館)では新大関・高安、そして先日の夏場所(両国国技館)はケガのため11日目から途中休場に追い込まれてしまった横綱稀勢の里の“田子ノ浦コンビ”の活躍に大きな期待が集まりそうだ。

【“アンチ白鵬”の声】

 さて、その一方で大相撲界の“本当の主役”に返り咲いたのは横綱白鵬である。夏場所で38度目の優勝を自身13度目の全勝Vで飾り、いずれも歴代最多記録を更新。6場所ぶりの賜杯を手にした。新横綱として臨んだ春場所(エディオンアリーナ大阪)で2場所連続優勝を決めた稀勢の里に人気が集中し、ここ最近はすっかり脇役になりつつある感もあったが、やはりさすがの強さを見せつけた。

 しかしながら、白鵬はいまだに世間から「ヒール(悪役)」として分類される傾向が強いように見受けられる。横綱稀勢の里と新大関高安ら番付上位の日本人力士たちが力をつけて台頭し、着実に人気を集めるようになってきたことも、その流れに拍車をかけているのかもしれない。

 これまでも白鵬の一挙一動はネット上で何かとバッシングを浴びせられる対象となってきた。さる夏場所でも「かち上げ」が繰り出されると「あれはプロレス技のエルボーだから禁止にすべき」などと批判する書き込みも目立った。ここぞの場面で横綱が見せる厳しい攻めだが、昨年の5月場所において豪栄道との対戦の際に相手の左目付近に強烈なかち上げを食らわせて左眼窩壁内壁骨折で負傷させてしまったこともあり、どうしても印象が悪くなってしまっている点は確かに否定できない。

 ただし「かち上げ」そのものは大相撲の技の1つで禁じ手ではない。横綱審議委員会の中でも白鵬の「かち上げ」について一部の委員から議論の対象とされそうになったが、最終的に処罰を下されるような事態には発展しなかった。つまりルール上、白鵬の「かち上げ」は問題がない。もし仮に問題とされているならば、白鵬が「かち上げ」を使った時点で行司、もしくは勝負審判が反則負けの裁定を下すはずだ。

●“アンチ白鵬”の声

 高安も一撃必殺の「かち上げ」を得意としており、2場所前の春場所では7日目に対戦した蒼国来をこの得意技一発で土俵外へ吹っ飛ばしている。しかし高安が白鵬とほぼ同じ体勢から繰り出す「かち上げ」を相手に食らわせても「エルボーじゃないか」などと特に批判が向けられることはない。逆に「厳しい攻めを見せた」と激賞されるのだから、不思議だ。

 白鵬に厳しい批判が向けられても仕方がないシーンもある。先日の夏場所で優勝を決めた一番の大関照ノ富士戦において、相手を寄り切った後にダメ押しするなど、時として余計な行為があった。そして勝った後に手刀を切り、行事から懸賞金を受け取った右手を「どうだ」と言わんばかりに振りかざす仕草にも横綱としての品格を疑う声が一部から向けられている。

 だがこれらの行為についても、もしモンゴル国籍を持つ白鵬が日本人力士だったら、それほどのバッシングは浴びせられないのではないか。実際に相撲界の親方衆、そしてOBの中には白鵬が歴史に名を残すような大横綱となりながらもいまだに日本人帰化を拒んでいることに抵抗を覚えている人物が多いと聞く。

 白鵬は間違いなく強いが、稀勢の里や高安の和製力士と違って外国人力士。だからどうしても強いと何となく憎たらしく見える――。「ヘイトスピーチ」とまでは言わないまでも世間にもそういう偏重的な考えを抱く“アンチ白鵬”が増えているからこそ、勝った後のダメ押しや懸賞金の振りかざしなどの行為がまるで鬼の首を取ったかのようなバッシング材料となり、「かち上げ」についても「白鵬の場合は高安と違って全部禁じ手のエルボーだ」と決め付けられる見方をされてしまうのではないだろうか。やや乱暴な見解かもしれないが、どうしてもそのように思えてならない。

 “アンチ白鵬”と思われる人の中からは先日の夏場所で優勝を飾った後の表彰式においてNHKのインタビューを受けた際「ただいま、帰ってきました」と右手を挙げた行為に対してまで「横綱としてあるまじきポーズだ」とイチャモンをつける書き込みがネット上であった。さすがに「それぐらいは別に許してあげてもいいじゃないか」と思う。

●心からずっと待ち望んでいた

 世間にアンチ白鵬がいることは理解できる。しかし白鵬が「スーパーヒール」となって一挙一動に対して何でもかんでも叩かれてしまうような傾向に拍車がかかる流れには、もう歯止めをかけなければいけない。 

 かつて白鵬は大相撲が八百長問題や野球賭博問題、力士大麻問題、時津風部屋力士暴行死事件などの不祥事が相次いで重なって存続の危機にさらされた暗黒時代の間にも横綱として復興のための使命感にかられ、苦しみながらも大役を担ってきた。その中でこれだけの功績を残してきたレジェンドであることを忘れてはいけない。しかも横綱は日本人でなくモンゴル人。外国人力士が日本の国技である大相撲を何とか存亡の危機から救おうととにかく懸命になっていたのだ。

 だからこそ白鵬は現在の大相撲ブームの到来を誰よりも喜んでいる。稀勢の里が19年ぶりの日本人横綱となり、さらに日馬富士、鶴竜、自身とともに4横綱の時代となったことについて「心からずっと待ち望んでいた」と満面の笑みを見せながらコメントしていたのはとても印象的だった。

 「1人横綱」として角界を支えた苦難の時代を思えば、感無量だったのだろう。夏場所優勝後の一夜明け会見では、大関昇進を決めた高安について「若手を育てるのも我々(横綱として)の役目です。今場所は14日目、千秋楽と(連敗して)後味の悪い終わり方になったけれども、場所の前半に見せたような(相手を)圧倒する体当たりを見せる、そういう迫力のある大関になってほしいですね」とエールを送っている。

 大横綱としての自覚を持ち、強い力士たちがどんどん育って角界全体がレベルの高い対戦を繰り広げることで大相撲人気の隆盛につなげたいとする考えを持っているのであろう。

●モンゴル国籍にこだわる理由

 最後に、白鵬がモンゴル国籍にこだわる理由について補足しておきたい。自身が「日本とモンゴルの架け橋になりたい」と述べているように、母国の有能な金の卵たちが将来的な帰化に抵抗を覚えて、日本の大相撲界に来たがらなくなってしまうような流れを防ぎたいとする考えを持っているからである。

 一時期は余りにも勝ち過ぎてモチベーションを失いかけた。それでも今は魁皇の持つ歴代最多の通算1047勝を抜くことと、前人未到の40回V達成がダブル目標となっている。現在の通算勝利数は1036となっているだけに次の名古屋場所で12勝すれば記録更新だ。優勝回数に関してもあと2回で大台に到達する。

 まだまだ強い向上心と情熱を失っていない白鵬は稀勢の里、高安ら人気者の日本人力士たちの台頭を喜ぶ半面、嫌われることも覚悟の上で彼らの高い壁として今後も立ちはだかり続けようとしている。もしかすると強過ぎて小憎たらしい「ヒール」と見られがちなのも、角界を盛り上げるために白鵬自身があえて織り込み済みでそういう姿に徹しているからなのかもしれない。

(臼北信行)