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なぜ「日本人」にこだわるのかー柔らかな内向きナショナリズム「日本ボメ」の解剖

6/1(木) 8:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

ほめられれば、誰しもうれしい。他者の目に映る自分が肯定的に評価されたと思わせるからである。自画自賛にはどんな心理作用が働いているのだろう。

【画像】京都の複数の場所で見つかったというポスター

神社本庁が制作した「私 日本人でよかった」というポスターのモデル女性が、日本人ではなく中国人だったことが明らかになり ネットで炎上した。NHKもその“波紋”を取り上げたほどである(5月11日) 。「日本人の素晴らしさ」を自画自賛し、外国人を使ってほめ挙げる現象がメディアにあふれる。そんな現象に筆者は「日本ボメ」と名付けている。

自信喪失と不安の裏返し

ポスターは、「日の丸」をバックに目を閉じた女性がほほ笑み、「日本人でよかった」と大書されている。一番下に「誇りを胸に日の丸を掲げよう」という小さな文字。NHKによれば、「ぞわぞわする」「なんか落ち着かない気分になる この気持ちはなんなんだろう」などの反応がネットで拡散したという。確かに落ち着かない。根拠があるならともかく、根拠不明の「優越感」独り歩きのポスターを見て、落ち着くわけはない。

更迭された復興相の「東北でまだよかった」という「比較」発言と少し似たところがある。薄皮をむくと、非日本人への排外意識や「純血信仰」がのぞいてしまうからだ。経済低迷と格差の拡大、「フクシマ」での技術神話の崩壊ー。日本と日本人にとって否定的な事実が出れば出るほど「日本ボメ」があふれる。自信喪失と不安心理の裏返しの表現である。

「日本ボメ」は、バブルがはじけ長い経済低迷期に入る1990年代半ば、「日本人よ自信を持て」などの標語の下、まず右派メディアで流行した。しかし、東日本大震災後は一般メディアにも広がっていく。「日本ボメ」は、多くの善意の日本人の現状肯定意識につながり、森友学園問題や閣僚の問題発言にもかかわらず、支持率が高止まりしている安倍政治を支える集団意識になっていると考える。いくつか事例を挙げる。

今年1月、「日本出身の横綱19年ぶりに誕生」と、稀勢の里の横綱昇進でメディアは盛りあがった。モンゴル人力士3人に占められてきた横綱に、ようやく日本人がなり、うれしいのはわからないではない。でも待てよ。どうして「日本人」ではなく「日本出身」と書くのか。 「日本人」を主語にするなら1999年7月に横綱になった「武蔵丸以来18年ぶり」とするのが正解。ハワイ出身の彼は1996年日本国籍を取得していたのだから。でもそう書かないのは、武蔵丸が「純粋の日本人」ではないとメディアが考えているからではないか。日本人の定義は「日本国籍を有するもの」以外にはないはずだ。

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