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【インディ500】琢磨のエンジニア「彼の速さが自信を与えてくれた」

6/1(木) 22:04配信

motorsport.com 日本版

 佐藤琢磨のエンジニアであるギャレット・マザーシードは、彼自身にとっても初優勝となったインディ500を振り返った。

【写真】道頓堀のグリコサインに映った佐藤琢磨。渋谷でも展開中

 インディ500から2日後、7~8時間も大声をあげていたギャレット・マザーシードの声はまだかすれていた。彼がレースエンジニアを務めるアンドレッティ・オートスポートの26号車は、佐藤琢磨に不朽の名声をもたらした。過去21年間、インディアナポリスにおいて、ギャレットの担当するマシンの最高位は5位、4位、3位、そして2位(2回)だった。未勝利の流れが終わったことへの彼の興奮は理解出来る。

 今週の火曜日、マザーシードはかすれた声で挨拶をしながら、「まさに今、あなたはノストラダムスのように感じているだろうね!」と話した。実際はそうではなかったのだが。エリオ・カストロネベス(チーム・ペンスキー)やマックス・チルトン(チップ・ガナッシ・レーシング)、エド・ジョーンズ(デイル・コイン・レーシング)とバトルをしていたインディ500の最後の何十周か、これまでインディカーに7年間参戦してたった1勝しかしていなかった40歳のベテランがプレッシャーに耐えられるのだろうかと、多くの人々のように私も疑問に思っていた。彼は4番手を獲得した予選の4周で2回もバリアにマシンを当てていたのだ。本当に彼はインシデントを起こさずに200周を完走することができるのだろうか、とね。

 佐藤はレース序盤に後退したシーンも見られたが、他のドライバーを追い越すのに必要以上にリスクを負わなかった。また、ピットストップの際にホイールナットが落下してしまったため、作業に時間がかかって中団に沈んだところから這い上がった。

 しかしまだ、“平静“という言葉と“佐藤“という言葉が結びつくには遠く離れていた。17年のキャリアの中で3度のインディ500勝利を達成しているカストロネベスが背後に迫っており、私は物事がどちらにも転がると思っていた。佐藤の勝利を確信したのは、200周目のターン4、つまり最終コーナーだった。

「強いマシンだった」とマザーシードは話した。

「(アンドレッティ・オートスポートの)他のドライバーも強いマシンを持っていた、ライアン(ハンター-レイ)やフェルナンド(アロンソ)は特にそうだった。チャンスはそこにあった。もし彼らがリタイアしなかったら、琢磨が勝てたかどうかはわからない。彼とアレクサンダー・ロッシも、彼ら2台と同じくらい強かった。しかし最終的に琢磨だけが生き残った」

 チームにとっての心配事は、ホンダのエンジンの信頼性であり、ハンター-レイとアロンソを含めて、レースの後半では3人がリタイアしていた。

 マザーシードは、「これについては、本当に残念なことだった」と語った。

「プラクティスからずっと、(アンドレッティ・オートスポートの)マシンはかなり競争力があったし、数台のマシンが上位にいるのは良かった。彼らはエリオよりずっと良いレースをしていた。つまり、我々にはバックアッププランがあったということであり、ライバルチームのドライバーよりも、我々のドライバーはお互いにわずかなマージンを残していた」

 マイケル・シャンク・レーシングが走らせたアンドレッティの6台目のマシンで出場していたジャック・ハーベイは、隊列後方からのスタートを考慮して、ダウンフォースの強いマシンパッケージでレースをスタートした。他のアンドレッティのマシンも非常に似たようなダウンフォースレベルであり、個人の好みによってわずかな差があるだけだったとマザーシードは言う。

 ロッシはダウンフォースを減らしていたため、ピットストップでエンストし21番手まで後退した後は、隊列の中で苦戦した。対照的に、佐藤は問題なくピットストップを終えたため、ロッシと同じ問題に直面することはなかった。

「その通りだ。我々はもっと自分たちのマシンを整理することを計画していたが、そのチャンスはなかった。エリオに対するアドバンテージは、実際に我々が持っていたよりも、もっと大きかった可能性がある」

「でも正直に言えば、ひどいピットストップの後に隊列後方へ順位を落としたことと共に大きな問題だったのは、この人の周りではレースをしたくないと思うような人の周りでレースをすることになってしまったことだ。いかなる瞬間でも自分のレースを台無しにするような人々だ。琢磨はバックストレートでのブレーキの内圧が500psiだった瞬間も何度かあった。こういうことのせいでナーバスになるから、前向きになりたいと思うし、できるだけ早く抜け出したいと思う。ありがたいことに彼はそれができた。とても速いマシンだった」

「チルトンをパスしようとしてエリオの後ろに後退した時でさえ、用心深く、フィニッシュに向けたシナリオを考えていた」

 マザーシードは、近年のインディ500の歴史は、リードを奪うために後半まで待つことに価値があることを示していると明かした。佐藤がカストロネベスの前に出たのは195周目のことだったが、これでは早すぎるとマザーシードは感じていた。

「大抵は前で走っていたらいいカモだ。私は、その状況がエリオに優勝のチャンスを与えてしまうのではないかと心配だった。しかし一度エリオが199周目のターン1で並びかけたが、何も起こすことはできなかった。そこで私は安心した。まるで予選を見ているようだった。タクは全開だった。マシンには十分な速さがあったし、誰も彼を抜けなかった」

「(レースの間は)我々はマシンにあまり手を加えなかった。ピットストップでミスがあったので、それ以降は作業をする時間がなくなった。しかしタクは調整が必要なかったことを証明した。こういう強いマシンを手にした時、彼は手元に何を持っているのかわかっていた。そのおかげで、急いで動く必要はないという自信を与えてくれ、後方に留まり、もう一度前を狙おうと考えさせてくれた」

 あの日もしマザーシードに後悔することがあるとすれば、チェッカーフラッグが振られた時の大混乱のせいで、スローダウンラップの時に佐藤からの無線を十分に聞くことができなかったことだという。

「全く思い出せないんだ!」とマザーシードは笑った。

「後で日本の放送を見て、琢磨があのように叫んでいるのを聞いて信じられなかった。そういうわけで声を覚えていないんだ。でもそれもいいけどね」

David Malsher