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なぜトゥヘルとドルトムントは決別したのか?2年に渡る“わだかまり”の真実

6/2(金) 11:16配信

GOAL

トーマス・トゥヘル監督が今季でドルトムントを離れることになった。クラブは「袂を分かつ」という表現を用いたが、事実上の解任だ。

発表されたハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOの声明文からは、地元メディアで報道されていたようにトゥヘル監督とクラブ上層部との確執がその原因だということは明らかである。一体、彼らの間に何があったのか?

トゥヘル体制のスタートは順調だった。7年にも及んだユルゲン・クロップ前監督の長期政権という難しい状況でチームを引き受けると、短い準備期間の中でうまくチームを機能させ、2位で前半戦を終えた。

しかし、トゥヘル監督は年明けに新戦力獲得を巡ってスカウト部長のスヴェン・ミスリンタート氏と対立すると、練習場への立ち入り禁止を命じるという事件が起きた。ヴァツケCEOはこれをそれほど大事だと捉えなかったため大きな騒ぎにならなかったが、就任から半年ですでに火種は生まれていたのである。

■ヴァツケCEOとの対立

1年目のシーズンが終了した後、今度はヴァツケCEOと衝突した。ドルトムントはすでにイルカイ・ギュンドアンとマッツ・フンメルスの流出が決まっており、トゥヘル監督はヘンリク・ムヒタリアンの慰留を求めた。しかし、ヴァツケCEOはそれに応じなかった。

メンバーの大幅入れ替えによるチーム再建を強いられたトゥヘル監督は序盤戦で苦戦を強いられ、「誰かに引き抜かれてしまったら、芝はそんなに早く育たない」と猶予を求めた。ドルトムントが6位でクリスマスを迎えると我慢の限界を迎えつつあったヴァツケCEOは再建期間の終わりを告げ、欧州CL本戦出場権獲得を強く要求。トゥヘル監督はこれを快く思わなかったようだ。

クラブが17歳のアレクサンダー・イサクを獲得すると、「彼のことは知らない。移籍には監督が最初から関与するものと、スカウティング部で進められるものがある。それは普通のことなんだ」と自らが望んだ補強でないことを声高に叫んだ。普段は練習場で取材に応じないトゥヘル監督がわざわざ報道陣を集めて発表したほどで、もはや強化方針でクラブとの相違があることは明白になっていた。

さらに状況が悪化したのは5月のことだ。バス襲撃事件後、延期日程が翌日になったことを巡って衝突があった。それをヴァツケCEOは、ホッフェンハイムとの上位対決当日に公開されたインタビューで認めたのだ。試合前のインタビューでもトゥヘル監督がそれを否定しなかったことで両者の確執が公の事実となったが、もはや関係は修復不可能な状態になっていた。

■衝突を繰り返した選手との関係性

選手との関係も決して良好ではなかった。若手選手たちが監督に忠誠を示したのに対し、年長組の選手たちはその扱いに不満を抱いた。DFBポカール決勝では、負傷のユリアン・ヴァイグルに代わってヌリ・シャヒンが先発する予定だったが、3時間前になって急遽プランを変更し、シャヒンをベンチ入りメンバーからも外した。チームが望んだ戦い方を無下にされただけでなく、チームの功労者を踏みにじるようなこの判断についてキャプテンのマルセル・シュメルツァーは「全く理解できない。なぜ彼がプレーしなかったのか監督は説明すべきだ」と批判した。

実は、昨季のDFBポカール決勝ではメンバー外となったネヴェン・スボティッチをホテルから締め出すなど、トゥヘル監督はこれまでにも選手の反感を買うような判断をしてきていた。

それは、今季キャプテンに就任したものの、ウィンターブレイク期間中に、その座をはく奪されそうになり不信感を募らせていたシュメルツァーだけではない。記者会見で選手を批判するなど、ストレートにモノを言う性格も不協和音に一層拍車を掛けた。

■結果は評価されるべきであるものの……

ただ、監督はチームの成績に関して、成功だけでなく失敗についてもすべての責任を負う。だからこそ、監督にはどの選手をどのようにプレーさせるかの権限を持っている。そしてトゥヘル監督はその責務を全うした。チームが持つポテンシャルを考えれば、彼の成し遂げたことは大成功ではなかったが、少なくとも失敗ではなかった。クラブ史上最高となる1試合平均勝ち点を稼ぎ出し、5年ぶりのタイトルをもたらした手腕への評価が薄れることは決してない。

競技面で成功を収めているのならば、それ以外の面をクラブは許容すべきだったのかもしれないし、実際にそういう批判もある。しかし、いまやすっかり欧州トップレベルの仲間入りを果たしたドルトムントも、「責任者と監督が親友である必要はない」(ヴァツケCEO)とはいうものの、内部闘争に目をつむって成功だけを追い求められるクラブになったわけではない。

地元紙に、こんな読者コメントが掲載されていた――「クロップは、ヴァツケが”跳べ”と言えば、”高く?それとも遠くに?”と問うた。トゥヘルは”なぜ?何のために?”と問う人間だった」と。ドルトムントは、2004年の破綻寸前の危機からヴァツケ会長、ツォルクSD、ラウバル会長が一丸となり、クロップというよき理解者とともに再建してきた。そんな歴史を持つドルトムントにとっては、トゥヘル監督という強烈なキャラクターを受け入れるのは難しかったのかもしれない。

文=山口裕平

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最終更新:6/2(金) 11:17
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