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“デジタル化”を意識しない人は出世できない

6/2(金) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 ビジネスの現場で良く耳にするようになった「デジタルトランスフォーメーション」(以下、DX)。もともとはスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が2004年に「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念を提唱したことが始まりだが、企業におけるDXとは一般的に、既存ビジネスにおけるデジタル化の推進によって主に生産性の向上や、新たなビジネス機会を創出することを指している。

【IDC Japanのリサーチバイスプレジデント、中村智明氏】

 とは言っても、多くのビジネスパーソンにとってDXとは何なのか、まだまだピンとこない人も多いのではないだろうか。

 そこでITmedia ビジネスオンラインでは、DXに関する有識者や専門家たちの意見をシリーズでお伝えしている。今回はIT専門調査会社IDC Japanのリサーチバイスプレジデント、中村智明氏に話を聞いた。

●「ITなしにはビジネスは成立しない」

――約2~3年前からDXというワードを良く耳にするようになりました。貴社ではDXをどのように定義していますか? そして、なぜ注目されているのでしょうか。

中村: 当社では、DXを「企業が“第3のプラットフォーム技術”を利用して、新しい製品やサービス、価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。

 第3のプラットフォームというのは、クラウドを中心とした情報基盤のことです。ちなみに、第1のプラットフォームは「メインフレーム」、第2のプラットフォームは「クライアントサーバーシステム」のことを指します。

 DXが注目されている背景は、このクラウドの台頭によってIT活用のハードルが下がったことが大きな要因であると考えています。実際、IT部門だけではなく業務部門も簡単に使いこなせるIT製品が数多く出てきました。「ITは難しいもの」ではなくなったということですね。

 これまで「縁の下の力持ち」だったITが、ビジネスの最前線に躍り出たことによって、単なる効率化やコスト削減だけではなく、売り上げを伸ばすためのアイテムとしても期待されるようになってきたわけです。

 さらに、ITがサービスそのものになったことで、「ITなしにはビジネスは成立しない」という時代になりました。これまでは、ITを活用しなくても新しいビジネスを作ることができました。しかし、今ではITの活用なしに新規ビジネスを創出したり、既存ビジネスを持続させることが困難になってきたのです。

 例えば、小売り業界でも、集客から決済まであらゆるサービスがITに置き換わっており、一部の従来型モデルの店舗は競争に勝てず、苦戦しています。

 大手自動車メーカーも人工知能(AI)の研究などに巨額のIT投資をしていますよね。それは、DXに取り組まなければ今後のビジネスで勝つことができなくなるという危機感の表れです。

●生き残るために必要なDX

――DXの取り組みが加速している業界・分野について教えてください。

中村: 既にグローバルでの競争環境にさらされている業界ほど進んでいます。特に自動車の分野は進んでいますね。グローバルでの競争が厳しいですから、DXを進めなければ生き残れない状況にあります。自動車メーカーが「コネクテッドカーも自動運転もやりません」というスタンスだったら、すぐに新興勢力に負けてしまいますよね。

 また銀行も、新興勢力に対しての危機感をもっていることから、DXの取り組みに積極的です。例えば、三菱東京UFJ銀行はフィンテックに特化したビジネスコンテスト「Fintech Challenge」を2015年から開催しているほか、みずほ銀行もフィンテックを活用した新しい融資サービスの提供を目的にソフトバンクと合弁会社を設立しました。新興勢力に主導権(既得権)を奪われないよう、既存銀行が社内ベンチャーを通じて対抗しようとしているわけです。

 グローバル化や厳しい競争環境にさらされていない業界は、DXへの取り組みが遅れていますが、徐々に進んできてはいます。例えば介護業界。Pepperなどのサービスロボットを認知症予防に活用するなど、ロボットを導入する動きが加速していますよね。

 ほかにも、20年の東京オリンピックに向けて、公共インフラの分野でもDXが進みつつあります。例えば、漏水チェックにロボットを使ったり、橋にセンサーをつけて老朽化のチェックを自動化させたり――など。コスト削減のメリットもありますから、国も力を入れ始めています。このように、業界ごとに温度差はありますが、DXの浸透は全産業で確実に起こっています。

●DXが下剋上を起こす

――DXの浸透は既存ビジネスの秩序をどう変えていくのでしょうか。

中村: 先ほども述べたように、これから先はITなしでのビジネスは成立しません。ですから、企業が生き残る上でDXへの意識は非常に重要なのです。安定的な収益を上げている大企業であっても、DXの重要性を理解していない企業は近いうちに新興勢力に抜かされて、市場から撤退することになるでしょう。

 DXを進める上では経営者によるリーダーシップが重要になります。しかし、当社が国内のCEOに意識調査を実施ところ、DXを推進している、あるいは重要課題に置いているCEOの割合は半分以下でした。日本は世界と比べてその意識が低いのです。

 こうした調査結果から当社では、20年までに各産業でトップ20(売り上げ規模で)にランクインしている企業のうち、3分の1は新興勢力と入れ替わっている可能性が高いと分析しています。

――これまでに以上に経営者のITリテラシーが求められるようになったということですか?

中村: はい。当社では、グローバルでDXの重要性が高まることから、20年までに全世界のCEOとCOO(最高執行責任者)の3分の1は、過去にIT部門の責任者を経験した人材と入れ替わると推測しています。実は既に、企業における出世コースも変わってきています。少し前まではIT部門は決して花型のポジションではありませんでした。しかし、今はIT部門を通過することがCEOやCOOへ出世するための重要なポイントになってきているのです。

 もちろんITだけ分かっていても経営はできません。これからは、ITとビジネス、両方分かる人材が求められます。実は、経営コンサルティング(以下、コンサル)業界にもその流れが起きています。これまでは「ビジネスのコンサル」「IT構築のコンサル」と、領域が分けられていましたが、近年はその両方を分かっていないと仕事がもらえないという状況になりつつあります。ですからコンサル業界でもその両方を理解できる人材の確保を急務で進めているようです。

 しかし、コンサル業界に限らず「ビジネス」と「IT」の両方を理解した人材がなかなかいないという課題もあります。いかに、そうした人材を獲得するか、これから世界中で取り合いになるでしょう。

●成功体験にとらわれないリーダーが必要

中村: 近年、ようやく経営トップにIT部門経験者を置く流れが生まれてきましたが、前述したように、日本ではまだその意識が低く、IT部門出身者のCEOは少ないのが現状です。

 これまで多くの日本企業では、IT部門の人間はIT部門でしか使えないという認識が当たり前でした。さらに、日本企業には過去の成功体験があるため、これまでのやり方を変える意識が芽生えにくいという背景もあります。

 また、ITがバックオフィス的な役割でしかないと思っている人がまだまだ多いのです。そうした文化がDXの取り組みの障壁になっています。ですから、トップの意識を変えるか、あるいはDXの重要性が分かる人に交代させる必要があると言えます。

 DXへの意識の低い人材はここ数年で不要になっていきます。当社の調査でも、20年までにDXに対する意識の低い中間管理職の50%が職を失う可能性があるという結果も出ています。

 リーダーがDXの抵抗勢力になってはいけません。過去の成功体験に縛られない新しいリーダーの存在が、今求められているのです。


(鈴木亮平)