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ゼンショーが小売スーパーを買収する理由

6/2(金) 7:28配信

ITmedia ビジネスオンライン

 2016年10月、牛丼チェーン「すき家」などを運営する外食大手、ゼンショーホールディングスによる群馬県のローカル食品スーパー(SM)、フジタコーポレーションの買収が発表された。これによりゼンショーの小売部門の売上高は18年度3月期予想で873億円と、900億円に近付き、北関東方面ではそれなりの存在感を持った存在として、認識される規模にまで成長したというのが実感だ。

【小売事業の強化で食のバリューチェーンを築きたいゼンショー】

 ただ、部門の収益としては改善傾向にはあるが低収益が続いているだけに、ゼンショーの小売事業の関しては、現時点では賛否両論の域を出てはいない。特に外食大手に攻め込まれる側のSM企業側の反応は冷淡だと言える。ゼンショーの傘下に入ったマルヤやマルエイといったSM企業群は、比較的小振りな企業規模であり、かつ、地域の勝ち組企業とは言い難い。

 外食最大手とはいえ、小売業のノウハウに乏しいゼンショーがどのように再構築していくのかお手並み拝見といった見方が大半だ。ワンオペ問題以降、業績の回復に努めるゼンショーにとって足かせとも見える小売事業を拡大し続ける姿勢は、一般的に考えると不可解なのであろう。ただ、ゼンショーの小売業への執念は、長期的なスパンで眺めてみると、的外れでもないように思われる。これは、ゼンショーがビジョンとして掲げ続けている、マス・マーチャンダイジング・システム(MMD)という考え方から見て、小売業をバリューチェーン内に持つことは不可欠の要素だからである。以下で触れてみたい。

●ゼンショーMMDはただのお題目ではない

 ゼンショーが実現を目指すMMDとは、大まかに言ってしまえば、生産者から消費者までの一気通貫の食に関するバリューチェーンを構築することによって、効率性と付加価値を極大化し、ステークホルダーの全員がそのメリットを享受する、という壮大な構想と言える。

 一見当たり前とも思えるこの構想になぜ着目するのかと言えば、現実の食の流通はまったくそうはなっていないからである。

 食の流通の現実について少し確認しておこう。カロリーベース食料自給率4割弱とされる日本の食糧事情であるが、生産額ベースの自給率では66%となっており、一次生産物としては3分の2が国内生産者からの供給で占めている。この生産者である第一次産業はご存じの通り、これまでの手厚い保護政策に守られてきたことから零細事業者の集合体であり、長らく経済合理性とは程遠い論理の下、生産活動を行ってきた。

 しかし、川下の小売業者等においては再編淘汰を経てその企業規模は急速に拡大、川上は川下企業の実質的支配に置かれ、その付加価値を奪われてしまった。中間流通を担う市場にしても同様で、生産地に分立する市場は川下大企業の圧力に押され収益を確保するのが難しくなった。やむを得ず再編によって存続する方向へと進んではいるが、効率化に向けて再投資する余力には乏しい状況だ。

 なぜ、こうなってしまうかと言えば、簡単にいえば川上と川下の利害が対立したままで、川下だけが強大な力を持ったために、流通構造自体の構造的効率化には進まず、川下が一方的に負荷を川上、川中に押し付ける構造となっているということにある。この結果、収益を奪われてしまった第一次産業では、後継者となる若年層の流入減が深刻であり、このまま時間が過ぎれば産業としての担い手が皆無となりかねない危機的な状況にある。

 ただ、川下の構造改善なき競争は、既に行き詰まりつつある。川上、川中の疲弊が極限に達してしまったため、もうこれ以上、コストの押し付けができないところにまで至ったのである。今後さらなる競争激化が続く川下においては、川下から川上までの利害を一致させることで、こうした泥沼から脱出しようという取り組みが始まりつつある。これこそが、第一次産業の六次産業化が広く注目されるようになった背景である。

 一気通貫のバリューチェーン構築、それこそが食のSPA(製造小売業)ともいうべき新しいビジネスモデルとして期待される状況がようやく整いつつあると言える。ゼンショーのMMDは、こうした食品流通の状況を見越して、自社が主体的に流通の軸として名乗りを上げ、新たなバリューチェーン作り出すという宣言を昔からしている。この意味で、他社に先駆けた視点を持って、かつ目標として公言しているところは先進性として認めざるを得ないだろう。

 こうした角度から見ると、ゼンショーの小売事業への執念は理解できることは多い。食のバリューチェーン構築には、外食だけでは構成できず、中食、小売との一体運営が必須であるからだ。

 ざっくりご説明しよう。第一次生産品は工業製品ではないので、不ぞろいな野菜や、量がそろわないマイナー魚種、といった流通に乗りにくいもの(量販店に出荷できないもの)がかなり発生する。統計上では青果の生産量と出荷量は10:7であり、自家消費はあるにせよ、3割近くが生産地で捨てられている可能性があるらしい。量販店に出荷可能な規格適合品以外のいわゆる規格外品は、ある程度加工品用として出荷されてはいるが、値がつかず出荷運賃のモトが取れないため、出荷されないものがかなりあるという解釈になる。

 これらを一括で集荷して外食、中食、小売に振り分けることができれば、生産者、川下、消費者の皆が利益を得られる可能性がある。この実現のためには外食、中食、小売の3本をバリューチェーン内に持っておく必要がある。この点でゼンショーはMMD実現のためには小売の構築をあきらめるわけにはいかないのである。

 こうした背景もあり、ゼンショーは今後も小売、食品スーパー事業の拡大を続けていくのであろう。ただ、あえて言わせてもらえば、彼らの今保有している経営資源だけで、小売事業を収益事業にすることは困難だ。外食業の再建では実績もあるゼンショーグループであるが、小売での実績はない上に、だいたい中小食品スーパーを再建できたという事例自体が業界内にほとんど存在していない。

 ゼンショーグループのとるべき道は、対等な関係を構築できる勝ち組食品スーパーとのアライアンスしかない。ゼンショーの基本構想MMDの実現に小売を自社内で保有することは必須の条件ではなく、実体的に機能するアライアンスで十分だからだ。さらに、うがった見方をすれば、ゼンショーはそんなことは百も承知ながら、一定規模以上の食品スーパーをM&Aを通じて作り出して、アライアンスする勝ち組小売との交渉の際の交換条件とするのだろうとも考えられる。

 非上場の中小食品スーパーを1社1社デューデリジェンスして、M&Aの可否判定をしていくのは手間がかかるし、危険を伴う作業であるが、財務的にも人事的にもゼンショーのフィルターにかけてあることが前提となれば、買収先の企業ははるかに買収可否決断しやすいことは間違いない。

 勝手な憶測にすぎないが、10年以内には、ゼンショー傘下の数千億円規模の食品スーパーの買収を契機とした、有力小売とゼンショーとのアライアンスというニュースが出ることになるだろう。そして、勝ち組小売との連携で、食のバリューチェーンを構築することができたゼンショーは初めてMMDの実現を宣言することになる。

 外食業界でゼンショーほど明確な将来ビジョンを持って、小売業への進出意欲を示している企業は、現時点ではほかに見当たらない。過去に、外食、小売を併営することによるシナジーを実現した事例は乏しく、そのメリットはほとんどないというのが一般的な見方だったからであろう。

 ただ、これまでは外食、小売の原材料調達が有機的な統合にまで踏み込んでこなかったことがシナジーを限定的なものに止めていたのではないだろうか。しかし、何年か先に、先行するゼンショーの執念が一定の成果を出すことになれば、これまでの常識を揺るがすことになる可能性がある。業界を超えた再編をも予感させるゼンショーの取り組みは注目しておきたい。

(中井彰人)