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【インタビュー】歴史学者・磯田道史氏、「生かす戦国」に感銘! 映画『花戦さ』を語る

6/2(金) 18:12配信

トレンドニュース(GYAO)

戦国末期、織田信長と豊臣秀吉という二人の天下人の心を奪った池坊専好という花僧の人生を描いた映画『花戦さ』(6月3日公開)。本作について「日本人がみたことのない、もう一つの戦国時代をみせてくれた」と絶賛したのが歴史学者の磯田道史氏だ。彼自身、著書が『武士の家計簿』や『殿、利息でござる!』という名で映画化されるなど、歴史と映画という視点ではしっかりとしたビジョンを持っているが、そんな磯田氏が本作の魅力を大いに語った。

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■日本人がみたことのない“生かす戦国“時代!

――本作をご覧になってどんな感想をお持ちになったのでしょうか?

磯田: 映画は「切り口」。“ある視点“というものが大事だと思っています。この映画は戦国時代を描くなかで、とても、切り口が新しいと思ったんです。

――新しい切り口とは?

磯田: 戦国時代といえば、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などは、大河ドラマなどでも数多く描かれてきましたが、基本的には“殺す戦国“なわけです。天下人は、むき出しの暴力で、人を簡単に殺してしまう。映画などはデフォルメされている部分はありますが、実際大げさではない。戦国大名というものは本当に簡単に人を殺していたんです。
でも一方で、戦国時代には自然の美や生命の美しさを歌い上げるような芸術も生まれました。そういった視点で“生かす戦国“を描いた本作は、日本人がみたことのない、もう一つの戦国を描いてくれたと思ったんです。

――池坊専好という人物の歴史的評価というものはどんなものなのでしょうか?

磯田:もともと仏様にお花を供えること自体は飛鳥奈良時代からあったのですが、この時代になって、花が民衆にまで一般化、同時に芸術化し、いけばなの思想が創られていったんです。神仏や権力者のものだった花を、一般の人に広めていった、いわゆる花の民衆化、芸術化、思想化を行った人物という評価ですね。

■歴史映画は史実でなくとも「起きうる出来事」を描いていればいい

――ご自身の著書も映画化されていますが、歴史学者として事実とフィクションのさじ加減はどのように考えていますか?

磯田:活字には歴史小説と時代小説というジャンルがあると思っています。歴史小説は、読めばその時代がある程度理解できるもの。一方、時代小説というのは、その時代の設定を借りるだけで中身は歴史ではない。同じように映画にも、歴史映画と時代映画があると思っています。歴史映画の事実とフィクションのさじ加減ですが、みればその時代のエッセンスがわかるということは重要ですが、必ずしも史実にのっとっている必要はないと思っています。

――具体的にはどういうことでしょうか?

磯田:例えば、秀吉は“猿“と言われただけで、人は処刑していません。でも秀吉の権力の横暴で虐殺された人は何人もいる。それは事実。具体的な事象は事実じゃないかもしれませんが「横暴で虐殺していた」というのが事実ならば、実際起きていなくても、起きうる出来事を描いていれば、それは歴史映画だと言っていいと思います。

――『花戦さ』はどちらに属するものなのでしょうか?

磯田:この映画は歴史映画だと思っています。いくつかの脚色は当然ありますが、この作品は起きうることを書いている。また日本の歴史映画が生き残っていくべき方向性をきちんと示している作品だと思うんです。こういった新しい切り口で歴史像をみせるという意味では理想的な作品。自分でも描きたい視点ですね。

――映画に出てくる生け花や装飾品も見事ですよね?

磯田:本当にそうです。織田信長に献上した大砂物なんかすごかったし、歴史的におもしろいものがいっぱい出てきます。

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