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<老いと向き合う1>うば捨て山に行くのかな 生きること、夫に迷惑

6/2(金) 19:30配信

埼玉新聞

 高齢化が加速度を増す埼玉。老老介護の毎日に心身をすり減らしつつ、子供たちの行く末をも案じる。詐欺などの被害に遭えば、余生に大きな影響を及ぼす。老いの現実はホームレスの人々にも例外ではない。高齢者の孤独の現場を報告する。(「老いと向き合う」取材班)

 カチ、カチ、カチ。時計の音が響く静かな部屋で、ベッドに横たわった鈴木ウメさん(84)は天井を見つめる。「天井ばかり見ている。あまり楽しみはないね。人生に疲れちゃった。病気ばかりしているから」。眠りが浅い夜も多い。

 隣の台所では夫の孝男さん(82)が包丁で野菜を切り、小気味いい音をまな板に響かせる。食事、洗濯、ごみ捨て、掃除...。そしてウメさんの介護。一手に引き受けるのは孝男さんだ。

 2人は埼玉県西部の平屋の借家で暮らす。子どもはいない。ウメさんは20歳を過ぎたころから病に苦しんできた。38歳のころ食道静脈瘤で洗面器いっぱいに吐血した。その後は腸閉塞(へいそく)も患った。

 60歳ごろには脳梗塞で倒れた。孝男さんが友人に頼んで作ってもらったリハビリ器でリハビリに励み、完全な寝たきり状態には陥らずに済んだ。

 ただ「自分じゃ何もできないの」。脳梗塞の影響でまひが残り、一度転んだら自分では立ち上がれない。「だるまさんみたいなのよ」と力なく笑う。

 要介護者を介護する人の6割は同居者。うち配偶者は4人に1人を占める。要介護者の3分の2余りが80歳以上とされ、いわゆる「老老介護」の現状が浮かび上がる。

 「ちゃんと首からぶら下げておけよ」。孝男さんから口を酸っぱくして言われていることがある。自治体が1人暮らしで持病を抱える高齢者向けに提供する緊急時連絡システム用のスイッチ。自宅で急病や事故などで救助を必要とするとき、スイッチを押せば消防隊が駆け付けてくれる。

 「一度だけ使ったことがあるのよ」。自宅で倒れて立ち上がれなくなった。

 孝男さんは今も事務員として働く。孝男さんが仕事に出てしまえば、ウメさんは自宅で一人きり。テレビを見て過ごすこともあるが、ベッドに横になって天井を見つめる日々が続く。

 孝男さんも体力の衰えは隠せない。数年前までは孝男さんがウメさんを入浴させていたが、加齢とともに難しくなった。

 孝男さんは「風呂に入れてやりたいけど、湯船に漬からせるのが大変なんだ。自分も年だから。でも漬からないと寒いでしょ」。今は週3回のデイケアで風呂に入れてもらっている。

 孝男さんが台所に立った後、ウメさんは打ち明けた。「つらい。生きていたくない。死のうかと考えたこともある。主人が忙しく働いているのに、私が生きているから迷惑ばかり掛けて」。孝男さんにそう訴えたこともある。「でも耳を貸さない。じれったさはあると思うけど」

 一方で孝男さんに先立たれたらと考えると、不安と恐怖が頭をよぎる。「お父さんがいなくなったら...。お金も何もないし、自分では何もできない。うば捨て山に行くのかな」

 このことで、よく孝男さんと口論になる。孝男さんの答えはいつも同じ。「余計なことを考えるな。自分に何かあったら大家さんにも友達にも頼んである。生活保護もある。行政がちゃんとやってくれる」(文中仮名)

 (この連載へのご意見やご感想を埼玉新聞社「老いと向き合う」取材班までお寄せください。ファクスは048・653・9040。電子メールはdokusya@saitama-np.co.jpです)

最終更新:6/3(土) 0:43
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