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<老いと向き合う2>どう生きる 障害男性の母、家も墓も消滅を覚悟

6/2(金) 19:49配信

埼玉新聞

 夫の墓の前で静かに手を合わせる。「自分がいなくなったら、息子はどうやって生きていくのだろう」。そう遠くない将来、自分もこの墓に入ると思うと不安は尽きない。

 高木由枝さん(74)には、重度の知的障害がある息子の隆幸さん(47)がいる。うまく言葉を発することができず、周囲の助けなしに日常生活を送るのは難しい。

 埼玉県白岡市の福祉施設に入所し、平日は施設で仕事。月に2回ほど、由枝さんの住むさいたま市見沼区の一軒家に帰ってくる。

 16年前に夫が亡くなって以降、由枝さんが一人、隆幸さんを世話してきた。「お母さん、お母さん」。今も発作的に連呼する。息子は、母なしには生きていけない。

 隆幸さんが生後半年を過ぎたころ。医師に告げられたのは思いも寄らぬ言葉だった。「歩けるようになって、話せると思うけど、知的に遅れるかもしれないね」。ショックだった。3歳になっても歩けず、4歳で障害者手帳をもらった。

 ちょうどそのころ、おなかには新しい命が宿っていた。「女の子だといいな」。将来、隆幸さんの面倒を見てほしいとの思いからだった。

 望み通り女の子を授かったが、時がたつにつれ、面倒をきょうだいに見てもらうのは間違いだと気付く。娘はやがて結婚して出産。2人の孫は、どちらも障害を持っていた。

 「娘も自分の家族のことで大変なのに、隆幸のことは相談できない」。家や墓、息子の後見人のことはいずれ話し合わなければならないと分かってはいても、その機会をなかなか見つけられずにいる。

 2015年5月。「手術をしましょう」。医師に勧められるままに、由枝さんは舌の手術を受けた。舌の異物は、なんてことのないできもののはずだった。後に、取り出した異物を調べて発覚したのは、がん。「取っておいて良かった」

 胸をなで下ろしたのもつかの間、今度は肺がんに侵された。初期の段階での発見が幸いだった。他の臓器への転移は見つからなかった。「1年でも放っておいたらどうなっていたか。運が良かった」

 ただ、これから年を取るにつれて再発や他の病気を患うかもしれないという不安な気持ちとは、常に隣り合わせだ。

 入院中、娘は何度か見舞いに来てくれた。手術から目覚めたときに「お母さん」と声を掛けてくれたり、抗がん剤を使うかどうか相談に乗ってくれたり。心配してくれているのは痛いほど分かる。

 でも、自分にもしものことがあったらどうするか。家や墓のことなど、現実的な話をするのはためらってしまう。

 「息子はおそらく、施設の職員に支えられながら生きていくのだろう。今住んでいる見沼の家はいずれなくなる。今自分が管理者になっている家の墓は、嫁に出た娘や障害のある孫は引き継げないかもしれない」―。先行きは不透明なままだ。

 「この家が絶えても仕方ない」。墓の前で祈る背中が小さく見えた。(文中仮名)

 (この連載へのご意見やご感想を埼玉新聞社「老いと向き合う」取材班までお寄せください。ファクスは048・653・9040。電子メールはdokusya@saitama-np.co.jpです)

最終更新:6/3(土) 0:43
埼玉新聞