ここから本文です

選手からは「ポリスマン」の異名 異色経歴の西武広報担当が秘める思い

6/2(金) 13:11配信

Full-Count

アイスホッケーで日本一の経歴を持つ西武広報担当の松浦氏

 プロ野球の球団には元選手が広報担当としてチームを支えている例が少なくないが、埼玉西武ライオンズで広報を務める松浦智哉さんはアイスホッケーの実業団チーム、西武鉄道アイスホッケー部でディフェンスとして活躍した異色の経歴を持つ。

新戦力続々…2005年~2016年の各球団ドラフト指名選手一覧

 アイスホッケーは体をぶつけあうため、乱闘も多いスポーツ。チームのポイントゲッターを守り、相手のポイントゲッターを攻撃する選手、通称「ポリスマン」と呼ばれる役割があり、松浦さんが現役時代にこの役割を担っていたことから、増田達至投手、武隈祥太投手からは「ポリスマン」と呼ばれることもあるそうだ。

 松浦さんは北海道苫小牧市の出身。子供の頃は、各家庭にスティックがあり、学校や公園にもリンクがあるアイスホッケーの街に育った。苫小牧を本拠地とする王子製紙アイスホッケー部(現王子イーグルス)の選手に憧れ、3歳からスケートを始め、小学校3年生の時に学校のアイスホッケーチームに入部した。

「子供の頃、親に連れられてアイスホッケー日本リーグの試合を見に行っていました。試合後に選手の出待ちをしてサインやスティックをもらったり、友達同士で選手のまねをして練習していました」

 松浦さんは、アイスホッケーの強豪校であり野球の名門校としても知られる駒大苫小牧高校から東洋大学に進学。大学日本代表にも選ばれ、ユニバーシアード大会でも活躍した。卒業後は、自身の好きなカナダのホッケースタイルを取り入れたいとの思いから、実業団チームの名門、西武鉄道アイスホッケー部へ入団する。

引退を決意した妻の一言、2015年から西武で広報担当に

「チームは日本リーグの強豪でした。すごい先輩たちもいらしたので、試合に出られるように必死でしたね。日本リーグ優勝、全日本選手権優勝の2冠を目指して日々練習していました」

 そんな中、不景気の影響を受け1999年に古河電工アイスホッケー部、2001年に雪印アイスホッケー部が相次いで廃部。2002~2003年シーズンを最後に36年間続いた西武鉄道アイスホッケー部も廃部が決まり、同じ西武グループのコクドアイスホッケー部に統合されることになった。

 松浦さんは、チームの廃部を機に現役を退くことを決めた。

「日本リーグで3度、全日本選手権で1度優勝しました。年齢も31歳でしたし、2年前に膝の大きなケガもしていました。妻に相談したら『何回優勝したの? もうやれることはやったんじゃない?』と言われて、引退する決心がつきました」

 引退後は社業に専念。西武鉄道の営業推進部で、鉄道を利用して行くことができるハイキングコースの企画や、花の名所を紹介するなどの業務を経て、2005年から西武ライオンズに勤務。2015年からは広報部に所属している。実業団という企業スポーツの選手だった松浦さんは、ライオンズの選手の野球に取り組む姿勢を間近で見て「さすがプロだな」と感心したという。

1/2ページ

最終更新:6/2(金) 13:11
Full-Count

スポーツナビ 野球情報

MLB 日本人選手出場試合10/19(木) 6:40