ここから本文です

役者人生ささげ挑む 「海辺のリア」主演の仲代達矢 3日公開

6/2(金) 13:49配信

カナロコ by 神奈川新聞

 俳優の仲代達矢(84)が役者人生をささげた新作「海辺のリア」(3日公開)で認知症の疑いがある役者・桑畑兆吉を演じる。老人ホームを飛び出し、突き動かされるように、石川県能登の海辺を歩く。どこから来て、どこへ向かうのかも分からない。視点を定めずに歩く姿は、黒沢明がメガホンを取った「乱」(1985年)で、焼け落ちた城から出てくる51歳の仲代が扮(ふん)した一文字秀虎の姿と重なる。

 世界のクロサワは、26億円を投じ撮影した「乱」を「人類への遺言だ」と語った。親子、兄弟が殺し合う。人間の愚かしさを、神の視点で俯瞰(ふかん)した究極の悲劇。その狂気と孤独は、同じ「リア王」を軸にした新作でも描かれている。

 「どこかで行き倒れてくれたら、清々する」。行方不明の父(仲代)を捜すこともなく、長女(原田美枝子)が吐き捨てる。

 兆吉は半世紀以上のキャリアを持ち、俳優養成所を主宰する大スター。その経歴はいまの仲代と重なる。

 3度目のタッグを組む小林政広監督は、仲代を丸裸にしようと、過去の仲代の取材記録などに目を通し、脚本を作成。刻まれた言葉は、仲代の叫びでもある。

 19歳で俳優になり、65年。「生涯修業」とまい進してきた。しかし年を重ねるごとに、セリフを覚えるのが大変になり、老いを実感している。

 「肉体をさらけ出す役者はアスリートと同じ。人間、死亡率は100%。僕ももうそろそろ」。終末期をどう生きるか。役者人生をささげ臨んだ新作は、「僕のドキュメンタリーのようだ」。

 「私に思い出などいらないのです。みなさんの中に、私の思い出さえあれば」

 兆吉の言葉には終わることへの恐怖よりも、解放される安堵(あんど)の方が先にある。

 「記憶がなくなることは、悲劇的ではない。世の中の束縛から逃れて、自由になるということなのだから」

                  ◆

 疎開先の千葉から東京に戻った1945年3月、12歳の時に、東京大空襲を体験。焼夷(しょうい)弾が降る中を、逃げ惑った。同年8月15日に終戦を告げる玉音放送を聞き、それまで「神風が吹く国」と声高に叫んでいた大人たちが、親米派になるのを目にし、政治や大人に対しての不信が募った。

 「反戦」への思いは常にある。

 今年10月には、亡くなった妻と75年に立ち上げた私塾「無名塾」の公演を、石川にある「能登演劇堂」を起点に全国で行う。ドイツの劇作家の戯曲「肝っ玉おっ母と子供たち」を再演することが決定。

 「あしき大戦で九死に一生を得た命。社会に戦争は愚かであることを訴えたい」と大きな目を見開いた。

 2012年には無名塾がある世田谷区の名誉区民になった。「もうそろそろ(引退を)…」とスピーチをしたら、共に選ばれた聖路加国際病院の日野原重明名誉院長(105)に、はなたれ小僧扱いをされ、叱咤(しった)された。

 「やりたい芝居が、まだ30本以上ある」。老いてもなお、手綱を緩めず、未知の世界を見つめ続ける。

 「自分の作りたいもの、美しいと思うものに死力を尽くしたい」

 それが後進に残す、仲代の遺言だ。