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【個別インタビュー】世界が絶賛「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」の新鋭ユン・ジェホ監督が伝えたいこと

6/3(土) 9:36配信

WoW!Korea

2016年の「カンヌ国際映画祭」ACID部門に正式出品されたほか、「第38回モスクワ国際映画祭」と「第12回チューリッヒ映画祭」で、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界の映画祭で絶賛されたドキュメンタリー映画「マダム・ベー_ある脱北ブローカーの告白」。

 本作の主人公は、家族のため1年間だけ出稼ぎするはずが、騙されて中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされた北朝鮮の中年女性B(ベー)。中国と北朝鮮の2つの家族を養うため、脱北ブローカーとなり、北朝鮮に残した子供たちを脱北させ、自らも韓国へ渡る道を選ぶ。カメラは、彼女の過酷な脱北の旅、命からがらたどり着いた韓国での苦しく辛い日々、母そして女としての葛藤など、彼女の数奇な運命と貪欲に生きる姿を追う。

 この名もなきマダム・ベーの生き様を記録したのは、フランスと韓国を拠点に映画製作し、これまでに5本の中短編映画が「カンヌ国際映画祭」に出品され、いま最も注目される新鋭ユン・ジェホ監督。

 ことし3月に開催された「第12回大阪アジアン映画祭」で、日本初上映されて話題を集め、いよいよ6月10日(土)より東京・渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開となる同作のユン・ジェホ監督に、作品の誕生秘話や、韓国への脱北の道中に密着した壮絶な撮影エピソード、当時の心境などを聞いた。


―ユン監督は現在フランスと韓国を拠点に映画製作をされていますが、大学在学中の2001年にフランスに留学されたそうですね。
当時、20歳だったんですが、釜山生まれで、それまでほとんど、釜山から離れたことがなかったんですね。それで、世の中がとにかく嫌で、どこでもいいから逃げ出したいと思って、インターネットでいろいろな世界の都市を調べているときに、偶然目に留まったのがフランスの都市だったんです。

―フランスでは13年ほど生活されたとか。
それまで自分が気付かなかった、いろいろな目覚めを経験しましたね。フランスにいる間は、いろいろな意味で目覚めました。

―それが映画作りということですか? 
映画は、2003年ぐらいに芸術学校に入学したんですが、そこで出会った友達がフランスの古典映画や、ジャン=リュック・ゴダール監督作品のDVDをたくさんくれたんですよ。それを見ながら、“こういうものが世の中にあるんだ”とカルチャーショックを受け、自分でも作りたいと思うようになりました。

―「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」は、国際的にも高い評価を受けていますが、この作品を通して伝えたかったことは何ですか? 
この作品は、マダム・ベーという1人の女性であり、母であり、そして、自分の夢を追っていく人間の物語です。マダム・ベーが抱いている夢というのは、決して大きな夢ではないです。私たちが普通に手に入れたいと思う一般的な幸せなのに、それが不可能な状況に置かれるのを見ながら感じる、ほろ苦さ。そのほろ苦さはどこからくるのか? 誰にでもくるものだというメッセージを伝えたかったし、彼女たちの日常を見せることで、彼女たちの人生もまた、普通の人間の暮らしだということを見せたいと思いました。

―マダム・ベーさんに密着しようと思ったのはどうしてですか? 
2013年に、劇映画のシナリオを完成させるため、中国にいる脱北者のインタビューをしようと中国に行ったとき、その手伝いをしてくれるガイドがマダム・ベーだったんです。ある日、彼女に中国で一緒に暮らす家族のところに案内され、彼女について少しずつ知るうちに、なぜそういう生活をしているのか気になって、いろいろ聞いていたら、彼女のほうから、「私の映画を作らないか? 」と提案してきたんです。ただ、それを撮ってはいたものの、映画化しようと決めるまでに、2年ぐらいかかりました(笑)。

―マダム・ベーさん本人はいいとしても、ご家族もよく承諾されましたね。
むしろ彼女のほうが、家族をこの映画に協力するよう説得してくれました。基本的に僕のほうから、「撮らせてほしい」と許可を求めたことはほとんどありませんでしたね。一応、撮影にあたって、「僕がいないものと思って、普段通り生活してください」と言いましたが、それを言う前と言った後で、さほど変わっていなかったし、インタビューをお願いしたときも、みんな積極的に語ってくれました。

―息子さんがすごく正直な胸の内を語っていますよね。それぐらい、マダム・ベーさんの家族が、監督に心を開いていたんだなという印象も受けましたが。
実際に彼らと長い時間を過ごしましたからね。長く過ごした分、撮ったフイルムもけっこうあります。

―それを約70分に編集されましたよね。
けっこう難しかったです(笑)。あまりにもたくさんの内容があったので。1つのエピソードを作るために、かなりの時間を費やすことになりました。

―監督はマダム・ベーさんの中国の家族、韓国にいる北朝鮮の家族、どちらにも会われていますから、同じように情が沸いたと思いますが、中間の立場にいて、どんなことを思いながら、カメラを回していたんですか? 
撮影しながらすごく悲しくて、憂鬱でした。大変でした。旅を経た後に、自分のアイデンティティに対しても悩んだし、「絶対にこの映画を作らないといけないのか? 」と諦めようと思ったことも何度もあるし…。精神的にすごく大変でしたね。

―そのつらさはどうやって克服していったんですか? 
ハハハ。どうしたかなぁ~。よく分からないですね(笑)。自然な流れに身を委ねました。

―中国のご主人とバス乗り場で別れるシーンでは、マダム・ベーさんがバスの中で涙をぬぐう姿が印象的でしたが、監督はカメラを回しながらどんな思いだったんでしょうか? 
実はそのバスが、タイ・バンコクまで行くとは知らずに乗ってしまって、どういう状況かよく分かっていない、ボーッとした状態だったので、彼女が涙を流すのを見ながら、なんで悲しいんだろうと(笑)。あまり深く考える余裕はなかったですね。その後も、旅の中で悲しみとは何か、という定義については考えましたが、彼女に途方もない質問をしたことはなかったと思います。

―そのバスから長い旅が始まりますが、旅の中では何が一番大変でしたか? 
山登りです。12~13時間山登りをしたので。そのときは、雨が降った後だったのか、歩くときに滑ってしまって、足のケガもしたし、かなりつらかったです。でも、みんなに助けられましたね。お互いに頼り合って、ブローカーが僕のかばんを持ってくれたり。ただ人間って、どんなに危機が迫ってきたとしても、進むべき道が1本しかなければ、何があっても、その道を進むんだなってことを実感しました。

―人間の強さを感じますね。
そこまでは分かりませんが、むしろ、人間の弱さを感じますね(笑)。

―映像では「ご飯ぐらい食べたい」と言っている場面もありましたが、食事はどうされていたんですか? 
ご飯は食べられませんでした。りんごとか水を分け合ったぐらい。たぶん、りんご1切れが全てだったんじゃないかなと思います。

―監督から見たマダム・ベーさんの魅力は? 
性格が僕の母とすごく似ているんです。母も釜山の人間で、言葉が強くて、タフな言い方をするし、すべての行動が早いです。決定を下すのも早いし、適当にやっているように見えて、実はきちんと仕事ができるし。自己中心的なところもあって、母から電話がかかってくると、母は自分の言いたいことだけを言って、すぐに切ってしまうので、そういう部分もマダム・ベーと似ているなと(笑)。マダム・ベーを見ると、素晴らしい人、すごい女性だなって。自分が手に入れたいもののために、最後まで戦い抜く強い女性で、先入観を取り除くと、リスペクトできる人だと思います。

―最後のシーンが終わり、マダム・ベーさんのその後がとても気になったんですが、いまもマダム・ベーさんとは連絡を取り合っていらっしゃるんですか? 
もちろん。いま彼女はソウル近郊で、バーを経営しています。中国の家族も、北朝鮮の家族も選ぶことなく、一人独立して生活しています。その代わり約束を守って、バーの収益は中国の家族に送り、北朝鮮から来た家族にも仕送りをしています。
最後のシーンは、ちょうど彼女がどうすべきかを悩んでいた時期だったんですが、撮影はそこで終わりにしたんです。彼女の近況については、映画が上映されることになって、完成したものを見せに行ったときに知りました。

―この作品が日本で公開されますが、日本で公開されるということにどんな意味があると思っていらっしゃいますか? 
以前も、日本にいる朝鮮人に会った経験があるんですけど、在日3世とか、北朝鮮でも韓国でもない選択をした家族、北朝鮮に家族がいる人、韓国に家族がいる人など、複雑な状況にある人に対して、すごく関心を持っていて、そんな方たちが暮らす日本での上映には大きな意味があると思っています。何よりも、国家とか偏見を捨てて見ていただき、人と人との出会いにおいては、壁はない、というメッセージが伝わればいいなと願っていますね。

―監督が今後撮りたい作品は? 
いま考えているのは、過去を認識することは大事なんですが、私たちは現在を生きている人間なので、未来は、自分がどう捉えていくかによって変えられるということ。小さなことでも、アクションを起こすことが大事で、その小さな実践の積み重ねが大きな変化につながると思うので、そういうメッセージを込めたものを作りたいです。


 ユン・ジェホ監督は、至って淡々と語っていたが、映像作家としての使命感なのか、その行動力のすごさには感服させられる。そして、緊迫感あふれる映像の中にも、マダム・ベーのタフさ、バイタリティー、明るさが際立ち、平凡な幸せを望みながら懸命に生きる彼女の生き様に、大きく心を揺さぶられる。

 「事実は小説より奇なり」というが、まさにそれを示すような「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」は、人生の価値観や幸せのカタチについて、改めて考えるきっかけにもなるだろう。

最終更新:6/3(土) 9:36
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