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“世界のトップ”に届かなかった久保建英…異例の大抜擢が15歳の心に残したものとは?/コラム

6/3(土) 20:36配信

GOAL

1年前、久保建英がU-20ワールドカップのピッチで“世界大会デビュー”を飾ることを明確にイメージできた者はいなかったかもしれない。正確には一人だけいたかもしれない。内山篤監督は、2016年3月の時点で将来的な久保招集をイメージしていた。

切っ掛けは福岡県宗像市で行われたサニックス杯国際ユース大会で久保を観たときだった。1999年生まれの選手が軸となるU-17日本代表に2001年生まれの久保も参加。2歳年長のチームに混じるのもなかなか例のない飛び級招集だったが、強豪校や海外チーム相手に怯むことなく、周囲と遜色ないどころか、自分の色をしっかり出した上でのパフォーマンスを披露してみせた。

このチームの軸となっていた1999年生まれの選手の内の何名かは、1997年生まれの選手たちを中心に構成される内山監督の代表チーム(当時はU-19日本代表)でも候補になる選手たち。FW中村駿太(柏U-18→青森山田高校)やGK大迫敬介(広島ユース)は実際にメンバー入りも果たしており、彼らの中に入って問題ないのであれば、自分のチームでも十分にやれるのではないか。内山監督は自身の代表候補リストに「久保建英」の名前を書き加え、時期を待ちつつ、その成長ぶりを観察し続けることにした。

同年秋にアジアの最終予選を突破した“内山ジャパン”は、年末に予選終了後最初の招集機会となるアルゼンチン遠征を迎え、ここで内山監督はついに久保招集に踏み切る。協会内にはネガティブな意見もあったが、J3リーグでのプレーを観た上で「フィジカルがない? いや、十分にやれる」(内山監督)という結論を得ての大きな決断だった。久保本人にとっても寝耳に水だったようで、この当時のことを久保は何度も「ビックリした」というシンプルな言葉で表現し続けているのだが、本当に驚いたのだろう。前例のない大抜擢だった。

将来性のあるタレントに経験を積ませるための招集――。そういう見方も根強くあったのだが、内山監督は「戦力として呼んだ」と明言。実際、試合を重ねるごとに久保はこのチームでの居場所を作っていくことになる。当初はスピード感の違い、当たりの強さに苦戦する様子も観られたが、3月のドイツ遠征では「フィジカル(で負けるの)はもうしょうがないので」と吹っ切れた様子も見せながらのプレーぶりで存在感を示し始める。この適応力の高さこそ、久保の真骨頂。その上でボールを受ける能力と離す能力、そして決定力がある。遠征を終えるころ、メンバー入りを疑問視する声はすっかりなくなっていた。

迎えたFIFA U-20 ワールドカップ韓国2017、久保に振られた役割はスーパーサブである。指揮官のゲームプランには久保投入は常に組み込まれており、南アフリカとの初戦では交代出場から流れを変えて、堂安律の決勝点をアシスト。「タケなら走っていると思った」という堂安のコメントは、周囲との信頼関係ができたことを証明するものでもある。

だが、ウルグアイ戦から指揮官の構想は狂いを見せ始めた。FWの柱である小川航基が負傷。前半途中というタイミングで久保を投入せざるを得ないアクシデントに見舞われてしまった。ウォーミングアップも不十分のまま、何より心の準備ができていない状態で投入され、しかも相手が南米王者というのはいかにも分が悪かった。前半はほぼ何もできないような内容で、ここまでプレーの質が伴わない久保を観るのは初めてだった。「小川の代わり」に入ったことで、彼の役を演じようとしてしまったのも良くなかったかもしれない。それでも後半から「このままでは終われない」と持ち直してみせていたが、ゴールには届かなかった。

小川はFW陣の起用法にその後も影響を及ぼした。岩崎悠人と田川亨介は裏抜けを身上とする同タイプで、高木彰人はMF寄りとはいえ、やはり裏へと飛び出していくプレーが魅力の選手だ。相手DFを背負えて空中戦で勝負できるストライカー、すなわち小川と組んだときに最も力を発揮できるタイプである。これは久保も然り。小川と久保のコンビネーションが確立されてきた感もあっただけに、その負傷の影響は小さくなかった。元よりフィジカル面ではまだまだ劣る久保の投入は守備面で周りに負荷をかける一面もある。アクシデントに伴う早期投入は結果としてマイナスに作用した。

出番のなかったイタリア戦を経て迎えたベネズエラとの最終戦。日本側のゲームプランは「焦れるゲームにする」(内山監督)ことだった。大会屈指の強力攻撃陣を擁する相手に対して失点回避を優先しながら、「後半勝負」(同監督)を狙う。その肝になっていたのは、やはり久保の投入だった。だが、南米の猛者を相手に鍛え抜かれているベネズエラの守備陣の練度は高かった。久保のドリブルをうまく消しながら対応し、縦パスを久保が引き出してチャンスになりそうな流れでも、決定的な仕事は許さない。結局、日本の攻撃陣は最後までゴールという結果を残すには至らなかった。

内山監督が「十分にやれるところを見せてくれた」と振り返ったように、「通用しなかった」という表現も妥当ではあるまい。本当の大会トップレベルを相手にしたときに個人としての力が及ばなかったのは事実だが、まだ15歳の選手であることをあらためて思い出しながら大会の映像を振り返ると、少し違った景色も見えてくる。

「経験になったのでは?」という問いに、久保は「チームとして出ているので、自分の経験になろうがなるまいが、しっかり一試合一試合を大切にしてきたんですけれど、今日は余り収穫もなく……」と肩を落としながら答えた。4歳年長のステージでも「活躍できる」イメージはあったし、それゆえの悔しさをあらわにしていたのは印象的だった。「まだ15歳なので仕方ない」なんて言い方を絶対にしない強さが、そこにはあった。

久保のストロングポイントは適応力、学習能力の高さに加えて、この負けん気の強さにもある。大抜擢を敢行した指揮官について「自分なんかに声を掛けてくれてこの大会に呼んでくれて、本当に内山監督には感謝の言葉しかない」と語った久保は、同時にこうも続けた。

「こういう思いはこれから先も何度もあると思うんですけれど、でも本当にこういう思いはこれを最後にしたいと思っている」

才能豊かな15歳にU-20W杯での日々は決して低くない“壁”を感じさせることとなったことは想像に難くない。そのための方法として久保が挙げたのは、ただ一つ、「努力しかない」。最後に紡いだ言葉が生み出していく成長があるのならば、久保建英のこのチームにおける半年間の挑戦は決して無駄でも徒労でもない。

文=川端暁彦

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最終更新:6/3(土) 20:36
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