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殺人の時効撤廃後に起訴された18年前の事件で免訴判決…浮き彫りになった捜査の問題

6/3(土) 10:20配信

弁護士ドットコム

1999年の2~6月頃に経営する会社の男性従業員Aさん(当時24、25歳)を川に転落させ、溺死させたとして殺人の罪に問われた福岡県嘉麻市の会社社長・井手口信次被告(54)に対する福岡地裁の裁判員裁判。無罪を主張していた井手口被告に対し、足立勉裁判長は6月2日の判決公判で「殺人罪の成立を認めるには合理的な疑いが残る。傷害致死罪は成立するが、公訴時効が完成している」と免訴の判決(求刑は懲役13年)を宣告した。(ルポライター・片岡健)

免訴とは、有罪・無罪の判断をせずに裁判を打ち切ること。井手口被告は公判終了後、法廷で釈放され、傍聴していた家族らと共に帰宅した。

この事件は2015年に16年前から失踪していたAさんの白骨化した遺体が田川市の池で見つかって発覚。井手口被告は同年10月に逮捕、起訴されたが、2010年の法改正で殺人罪の公訴時効が撤廃される以前なら殺人罪の時効も成立していた事件だった。このケースに該当する殺人事件の裁判で、検察側が有罪を立証できなかったのは初めて。

●弁護側は傷害致死罪の成立も否定

公判で検察側は、井手口被告がAさんに対して日常的に暴力をふるっていたと指摘し、「Aさんが死亡する危険性が高いと思いながら、川に転落させて溺死させた」と主張していた。しかし、物証は乏しく、有罪証拠は事実上、現場に居合わせた従業員3人の証言だけ。その3人の証言内容も曖昧で、犯行の日時も明確にできなかった。

一方、弁護側は「井手口さんは理由もなく従業員に暴力をふるうことはなかった」と反論。Aさんが亡くなった経緯については「同僚の財布を盗んだAさんを叱って川に入らせた際、Aさんが足を滑らせて行方がわからなくなったが、殺害する意思はなかった」と主張していた。

結果、裁判官と裁判員はAさんが井手口被告から日常的に暴力を振るわれていたと判断したうえ、「Aは被告人に『川に入れ』と言われ、川に飛び込む以外に選択肢がない状態だった」として傷害致死罪が成立すると認定。しかし、井手口被告がAさんを助けようと自らも川に入っていたことを根拠に「殺意はなかった」と指摘し、殺人罪の成立を認めなかった。

弁護人の加藤哲夫弁護士は公判終了後、判決について「重要部分で食い違う従業員3人の証言をもとに、井手口さんがAさんに日常的に暴力をふるっていたとされ、傷害致死罪が認定されたことは不満」と述べつつ、有罪を免れたことは「井手口さんが平凡な暮らしに戻れるのはいいこと」と前向きに評価。報道陣とやりとりしながら、次のように事件を総括した。

●「人としての責任があることは認識している」

――時効撤廃の弊害が出た事件だったのではないか。

殺人罪の時効撤廃自体は構わないと思う。ただ、時間が経っているからといって、いい加減な証拠で起訴していいわけではない。今回のように発生から時間が経っている事件では、物証はより重要で、人の取調べもより慎重にやらないといけない。そこがいい加減だったのがこの事件の捜査の特徴だと思う。

――具体的に言うと?

物証はAさんの遺骨と現場しかなかった。捜査機関はその数少ない物証からストーリーをつくり、記憶の曖昧な証人を誘導して調書をとるような捜査をしていた。現場の川のそばの道は車通りが多く、こんなところで人を殺さないだろうという場所だった。

――井手口被告はAさんの死についてどう思っているのか。

我々は、傷害致死罪は成立しないと思っているが、社長である井手口さんが従業員であるAさんに「川に入れ」と言い、それが原因でAさんが亡くなったのは事実。刑事責任はなくとも、人としての責任はある。そのことは井手口さん本人も十分に認識している。

――井手口被告が実際にAさんのために何かしていることはあるのか。

Aさんが亡くなった日から18年間、毎日欠かさず自宅でお祈りをしているし、月命日には現場にお参りに行っていた。逮捕されて以降も拘置所でお祈りは続けていた。井手口さんは今後も反省はし続けないといけないが、し続けると思う。

【プロフィール】片岡健:1971年生まれ。大学卒業後、フリーのライターに。全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)。広島市在住。

弁護士ドットコムニュース編集部