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「立ち上がれ、少年院の『卒業生』たち」スーパー公務員・武藤杜夫は、なぜ沖縄少年院を去ったのか? 教え子たちと始める新たな挑戦

6/3(土) 11:58配信

琉球新報

「非行少年は“大物”になる資質を備えている」

「少年院を日本一の学校にする」

そんなメッセージを発信し続け、世の中の偏見や固定観念を打ち破ってきた沖縄少年院の法務教官・武藤杜夫(39)が2017年3月、法務省を去り、教え子である少年院の卒業生2人と共に、「日本こどもみらい支援機構」を設立した。国家公務員という身分を捨ててまでも実現させたい未来とは―

◆聞き手・佐藤ひろこ(琉球新報Style編集部)

異動の内示 幹部昇任も「迷わず辞職」

―武藤さんが沖縄少年院を退職したという知らせに衝撃を受けました。多くの人が驚いたと思います。どうして辞められたのですか?

(武藤)
「ことし(2017年)1月、成人対象の刑事施設に幹部として異動するよう内示が出たんです。迷わずお断りしました。2年前、登山中の滑落事故に遭って死にかけたとき、『残りの人生は現場で子どもたちのために使う』と決めていた。だから迷いはありませんでした。現場から外されることがあればいつでも辞めると、心の中に辞表を持っていましたから」

「辞令を拒否するということは、命令絶対の公務員の世界では辞めるということです。公務員としての“一流”は、命令に従って仕事を続けることかもしれない。でも僕は、沖縄の子どもたちのために現場で残りの人生を使うと決めていたし、子どもたちにもそう伝えてきた。筋を通すためには、辞めるしかありませんでした。そうでないと、僕を信じてくれた子どもたちをがっかりさせることになりますから。子どもたちに嘘はつけません。辞職も、少年院の子どもたちに対する僕なりの教育です」

―少年院を辞めると知った少年院の生徒や、周囲の反応はどんなものでしたか?

(武藤)
「離任式では子どもたちを前に、辞める理由を自分の言葉で伝えました。内示を拒否したことも全て伝えました。『ごめん、法務教官やめる。けど、お前らのこと見捨てたんじゃない。これからもお前らと関わり続けたいから辞めるんだ』と。そして、『お前らが出院したら、一緒に少年院を日本一の学校にしよう』って」

「あの子たちは黙って聞いてくれました。僕を直視したまま泣いている子もいました。そんな彼らに『日本一の学校って何だと思う。お前たちが社会に出て、一流になって、輝いたとき、沖縄少年院は日本一の学校になるんだ。だから、次は少年院の外で会おう。社会で待ってるよ』と話しました」

「辞職を知った周りの大人の反応はさまざまでした。応援してくれる方もいれば、『後悔するぞ』と言う方もいた。そういえば、この『後悔するぞ』という言葉は、学校をボイコットしていた中学時代にも先生から言われたことがありました。でも、自分で選んだ道には決して後悔がないことを、僕はもう知っていますから(笑)」

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最終更新:6/3(土) 11:58
琉球新報