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最後の夏に全力投球 両手中指ないハンディを克服 安中総合学園高校の斎藤来喜投手

6/4(日) 6:00配信

上毛新聞

 群馬県立安中総合学園高野球部の投手、斎藤来喜さん(3年)は両手の中指がない。右手は生まれつき。左手はもともと第一関節まであったが、グラブをうまくはめるために小学4年時にメスを入れた。かつて、コンプレックスを感じたものの「他の人と違う球が投げられる」と今では自信になっている。今春の関東地区大会県予選で、公式戦初登板を飾った。家族や仲間の後押しを受け、勝負の夏も全力投球するつもりだ。

◎“武器”に変え投手二枚看板の一翼に

 左手中指の切断は決して苦しい決断ではなかった。「これで野球ができるんだ」。思い切りボールが取れたときは、うれしさが込み上げた。中学まで二塁手。高校に入り、憧れだった投手の道を選んだが、当初は制球に苦しんだ。練習試合で結果が出ない日々を重ね、心の弱さと戦い続けた。

 試行錯誤が結実したのが2年の秋。投げ方を上手から横手に変え、制球が安定した。直球を投げたつもりが握りの影響で独特な曲線を描く、打者にはやっかいな球が精度を増した。4本の指はハンディではなく“武器”だ。

 チームメートからの信頼も厚い。小学校から同じチームの戸塚太庸さんは「最初、小学校の時は(4本指を)少しばかにしたこともあった。でも、手術して入院して痛がっているところを見て、支えにならなくてはと思った」。中学から須藤蓮弥主将も交えた3人で遊ぶ機会が増え、今では大の仲良し。戸塚さんは外野手で、斎藤さんの必死の投球に「自分が守ってやろう」との思いを強くする。

 父、裕次さんの存在も大きい。少年野球の監督として基礎を教わり、投手への挑戦を後押ししてくれた。先発した春季県予選の初戦で敗れたものの粘り強い投球で流れをつくり、それを褒められたことがこれまでの野球人生で一番うれしかった。

 春の力投が吉田省吾監督から評価され「エース級の活躍を」と投手二枚看板の一翼を担うことになった。「この指のおかげで今がある」と斎藤さん。夏はさらに期待に応えるつもりだ。

最終更新:6/4(日) 6:00
上毛新聞