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農の記憶、次代の宝 900点 昭和の児童が描いた「想画」 山形県東根市

6/4(日) 7:01配信

日本農業新聞

 力を合わせて稲を手植えする家族、馬での代かき、秋の日の脱穀――。昭和初期の農家の暮らしを、当時の児童が授業で描いた「想画」と呼ばれる絵が、山形県東根市に数多く残っている。市立長瀞小学校が、農家らの協力を受けて900点以上の原画を守ってきた。貴重な歴史的資料として、画集にまとめる準備も始まっている。 

 想画は、昭和の初めに図画教育の一環で全国各地の小学校で取り入れられた。クレヨンや絵の具、墨を使い、多くはA4判ほどの紙に描かれた。児童が自身の生活を思い浮かべて自由に描いたのが特徴で、同小学校には1927(昭和2)年から50(同25)年にかけて描かれた作品がある。

 描いたのは多くが農家の子どもで、想画の大半は農作業や農家の営みが題材になった。終戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の命令で戦争を描いた絵は焼却されたが、生活画である想画だけは教師らが守り抜いた。

 同小学校に通い、自ら描いた複数の想画が残っていた須藤彦太郎さん(95)は「稲刈りを描くならば、イナゴがいたのか、汗をかいたのか、そういう情景まで表現しなさいと先生に教えられた」と懐かしむ。

 同小学校に残る想画の作品群は、96年に市が有形文化財に指定。現在、保存に協力する地域住民らの組織「長瀞小学校想画を語る会」が、「貴重な財産をこのまま埋もれさせてはいけない」と年内に画集の出版を目指し、作品の整理を進めている。将来的に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(旧世界記憶遺産)への登録を目指す考えもある。

 2004年には、同会の初代会長、寒河江文雄さん(82)と、現会長で米農家の3代目、小野正敬さん(73)が6年生の授業に想画を復活させた。小野さんは「想画を描くことで、子どもたちに自分の生活を足元から見つめ直す目を養ってほしい」と期待している。(江口和裕)

日本農業新聞

最終更新:6/4(日) 7:01
日本農業新聞