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雲仙・普賢岳大火砕流から26年 島原・鎮魂の明かり

6/4(日) 10:25配信

長崎新聞

 雲仙・普賢岳噴火災害で消防団員や住民、報道関係者ら43人が犠牲になった1991年の大火砕流から26年を迎えた3日、島原市内は追悼の「いのりの日」となった。市内に設けられた献花所を訪れた遺族や市民らは、教訓の継承と防災への誓いを新たにした。

 住民が集団移転した仁田団地第一公園では、犠牲者名が刻まれた追悼碑前に、市が献花所を設置。自らも消防団員だった古川隆三郎市長は「噴火を知らない世代が増えている。常に災害に備える事が大切。避難訓練などソフト対策に力を入れていきたい」と話した。

 消防団員が命を落とした北上木場農業研修所跡では、市仏教会の二十七回忌追悼法要があり、当時の市長、鐘ケ江菅一さん(86)や遺族ら約100人が参列した。

 大火砕流発生時刻の午後4時8分。市内全域に犠牲者を悼むサイレンが鳴り響いた。市民らは普賢岳に向かい、静かに黙とう。報道陣の撮影ポイントだった「定点」でも遺族らが手を合わせた。

 雲仙岳災害記念館(平成町)では夕方から追悼行事「いのりの灯」が開かれた。県立島原高管弦楽部や市音楽連盟などが出演し、長崎出身のシンガー・ソングライター、さだまさしさんが作った応援ソング「SMILE AGAIN(スマイル・アゲイン)」を約80人で心を込めて合唱した。旧大野木場小卒で当時6年生だった大山貴之さん(37)が、26年前を振り返って「両親や地域の人たちのおかげで今の生活がある。人間同士の協力やつながりは大切」と来場者らにメッセージを述べた。この後、島原半島の子どもたちが手作りした約千本のキャンドルをともし、鎮魂の祈りが続いた。

長崎新聞社

最終更新:6/4(日) 10:25
長崎新聞