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<老いと向き合う4>ニュータウンの38年 入居の興奮、今は昔

6/4(日) 5:20配信

埼玉新聞

 「もう少し年を取ったらどうしたらいいんだろう」。がらんとした一戸建て住宅のリビングで、小島勇一さん(78)は窓の外に目をやった。

 奥秩父の山々を望む埼玉県鳩山町東部の丘陵地に広がる鳩山ニュータウン。整然とした区画の中に、一戸建て住宅約3千戸が立ち並ぶ。高度経済成長期に立地した県内有数の大規模団地だ。

 勇一さん家族がマイホームを手に入れたのは1979年。大学の共通1次試験が始まり、所沢市に西武ライオンズ球場がお目見えする。物質的な豊かさが定着した時期だった。

 鹿児島県に育った。大学入学とともに上京し30歳の時に妻珠子さん(76)と結婚。子育てのために環境が良い場所を探した。

 道路や隣家との距離、家の高さや色を規制した街並み。公園の緑が目に優しい。勤務先の東京・丸の内からは少し遠いが、鳩山は理想的な場所に映った。吹き抜けがある2階建ても、憧れのたたずまいだ。「引っ越してしばらく、ずっと興奮状態だった」と目を細める。

 入居から38年。息子3人はみな自立し家を出た。勇一さんはつぶやく。「今じゃ入居時の高揚感は全然ない」

 ニュータウンの住民の48%は65歳以上の高齢者。埼玉県全体の割合(25・0%)に比べ著しく高い。

 高齢化は街の風景をも変えつつある。中心部の商店街にはシャッターが下り、人通りはまばら。一戸建ての維持が難しくなり、介護施設やマンションに移る人が増えた。空き家には雑草が生い茂る。自治会は大幅に縮小し、勇一さんも昨年やめてしまった。

 空間が目立つ家の中で過ごす夜、視界に入る紙がある。壁に貼ってあるデイサービスの日程表だ。

 11年前、珠子さんが脳梗塞で倒れた。右半身が動かなくなり、言葉も失ってしまった。ほとんど寝たきりの生活を送っている。勇一さんは妻の介護と炊事や洗濯などを一手に引き受け、趣味の団体にも顔を出せなくなった。「年を取ると話をすることが、生きていく上で一番大事」。介護をしながらよく思い知っている。

 肉体的にも精神的にもくたびれてきたが「息子たちには頭を下げたくない」。やれる間は自分でやる。

 入居後に家族で過ごした日々を思い出す。息子たちが通うニュータウン内の小学校の運動会に夫婦で出掛け、ござの上で重箱の弁当をつついた。リレー選手の次男や近所の子どもたちに声援を送った。珠子さんは母親同士で話に花を咲かせていた。

 今はまだ車を運転して町外のスーパーに買い物に行けるし、広い家の管理も何とかやっている。でも将来のことを考えると気が重くなる。「2人が同時に(亡くなる)とか、どちらが先にとか、現実としてある。どうしたらいいのか」。表情が陰った。

 「俺が先に逝けば、より多い年金を継承できる。おまえは長生きしろよ」。たそがれに包まれたわが家で、会話ができない珠子さんに話し掛ける。(文中仮名)

 (この連載へのご意見やご感想を〒331―8686 さいたま市北区吉野町2の282の3 埼玉新聞社「老いと向き合う」取材班までお寄せください。ファクスは048・653・9040。電子メールはdokusya@saitama-np.co.jpです。)

最終更新:6/4(日) 5:20
埼玉新聞

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