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娘の難病、僕が治す

6/4(日) 13:34配信

カナロコ by 神奈川新聞

 「社会的創薬事業」という看板を掲げている。

 難病であるミトコンドリア病の治療薬を開発し、商業ベースまで引き上げ、収益のすべてを次なる難病治療や患者・家族支援へ充てていく―。壮大な計画を、「7SEAS PROJECT(セブンシーズ・プロジェクト)」と名付けた。

 篠原智明さん(37)=茅ケ崎市=は少し前まで、鎌倉市立小学校の事務職員だった。「業界的には全くのど素人」はいま、7月から本格始動する創薬事業の代表に就いている。

 5年半前、長女が生まれた。「世界中のどこへ行っても、自分らしく生きていける子に育ってほしい」と、七海と名付けた。

 生後3カ月のころ、「ミトコンドリア病のリー脳症」と診断された。治療法のない難病で、中でもリー脳症は死亡率が高い。絶望的な言葉ばかりが並んだ。

 ミトコンドリアは体の細胞の中にある器官で、人の活動に必要なエネルギーを作る役割を担っている。同病はその働きの低下が原因となって起こる。余命は、半年と告げられた。

 泣きに泣いた。「妻と一緒に本当に子供みたいにうえんうえんと、一晩中泣きました。やっと生まれた子が、何の罪もないかわいい子が、5カ月生きてもうあと半年なんて」

 夜が明けた。泣くのをやめた。心にむくりと起き上がってくる思いがあった。

 「治らない病気だけど、治そう。娘の病気は、僕たちが治そう」

 わけのわからない自信がわいてきた。やれる。やれるはず。やるしかない。

 「せめて思い出づくりをして安らかにその時を迎えようという気持ちもわかる。ただ、我々夫婦はそんな風に覚悟を決めることができなかった」

 すぐに行動を始めた。関連する文献・記事を手当たり次第探した。アメリカの製薬会社が、まさに「リー脳症」の研究中であることがわかった。問い合わせ先に、迷わずメールした。

 「あなたの会社の薬を、娘に使わせてください」

 その日のうちに社長直々に返信があった。翌日には日本でミトコンドリア病の治癒を目指す一般社団法人「こいのぼり」から連絡が来た。薬の投与の実現に向け、製薬会社との橋渡し役になってくれるという。

 手続きは異例の速さで進んだ。その間、娘は見る間に悪化していった。1カ月半後。薬が届く頃には、集中治療室で危篤となっていた。

 延命で精いっぱいの状況で、新たな薬の投与は賭けだった。病院内でも反対意見があったと聞いた。担当医はこう言ってくれた。

 「何かあったら、私が責任を取ります」

 賭けは、成功した。

 1歳になって、娘は退院できた。喜びと同時に、ある思いが沸いていた。

 「当時は命さえ助かればと思っていましたが、病気の進行で娘の脳の半分以上は機能が失われてしまった。このまま寝たきりで一生を過ごすのかと」。完治まで目指そうと、こいのぼりのメンバーになった。

 痛感したのは、難病医療に共通する「壁」だった。「重篤な疾患でも患者数が少なく市場性が限定され、リスクを負って研究開発を行う製薬企業が少ない」。その一方で、「知れば知るほどあの先生の研究とあの医療チームの治療法をくっつけられればとか、色んな可能性が見えてきた」。

 自己目的を果たすだけではだめだとわかっている。ミトコンドリアは体内で根源的な役割を果たすからこそ、薬や治療法が見つかればさまざまな治療に寄与する可能性がある。認知症や糖尿病、パーキンソン病や発達障害、自閉症など、多くの病気に応用されうる。

 マイナーな難病に潜在する可能性に光を当て、医療・製薬業界、ひいては社会を動かしていく。サイクルを軌道に乗せ、次なる難病に還元していく。「新たな非営利事業のモデルを作りたい」。青写真は鮮やかで、そして壮大だ。

 事業説明のパンフレットには、こう記した。

 「私は集中治療室で意識のない娘の手を握ることしかできなかったあの日のことを、決して忘れません。この思いがあるからこそ、妥協はしません。私の娘、七海の名前を冠したプロジェクトには、私たちのチームすべての思いが込められてます。七海が、世界の海を航って、あなたに会うために旅をする未来は、もう、すぐそばにあります」

 父は信じる。そして繰り返す。

 娘の難病は、僕が治す―。

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 同プロジェクトでは寄付や支援を募っている。詳しくはホームページ(https://7sp.life/)、問い合わせはメール7sp@koinobori-mito.jpまで。