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私はグローバル市民

6/5(月) 6:10配信

@IT

 アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広が、グローバルを股に掛けたキャリアを築いてきたIT業界の先輩にお話を伺うインタビューシリーズ。第16回は「KPIsoft」のSandra Pereira(サンドラ・ペレイラ)さんにご登場いただく。

【ペレイラさんのその他の画像、メッセージ動画など】

 KPIsoftは、アジアを拠点にグローバル展開するAaaS(Application as a Service)ベンダーで、売り上げ、利益、製造コストやマーケットシェアといった企業経営に欠かせない指標である「KPI(Key Performace Indicator)」データをクラウド上に集約するシステム「KPIsoft」を提供している。

 製品名を企業名にしたのは、社名を聞けばその製品がイメージされることを狙ってのことだとか。特に注目を集めているのが、このソフトが従業員一人一人のパフォーマンスレビューを容易にする点だ。個人の成長と企業業績の改善を分かりやすく示す、これまでにないパフォーマンスマネジメントソフトとして大手IT企業にも導入されているという。

 CEOを務めるペレイラさんはドイツ出身。医師からコンサルタントへ転身した異色の経歴を持つ彼女が、グローバルにキャリアを積み上げていく中で常に大切にしてきたものとは……?

●病院とKPI

阿部川“Go”久広(以降、阿部川) お生まれはフランクフルトでいらっしゃいますね? ゲーテ大学では何をご専攻でしたか?

Sandra Pereira(サンドラ・ペレイラ:以降、ペレイラ氏) 小児科の医師(M.D.:Doctor of Medicine)です。人の命に直接触れたことによって、人間中心の考え方になったのだと思います。実際に臨床医として3年勤務しました。

阿部川 そしてマッキンゼーにお移りになったと……。ずいぶん違った道をお選びになったように思いますが、何があったのですか(笑)

ペレイラ氏 いつも聞かれます、一体全体どうして医者だった人がコンサルタントになったのかと(笑)。

 実はマッキンゼー社員の40%はさまざまなバックグランドを持ったコンサルタントの集まりなのですよ。マッキンゼーはチームの多様性を大切にしている企業で、私のような経歴の人間を必要としたのはまさにその多様性を具現化したかったからでしょう。私自身も病院の医師からビジネスコンサルタントの世界に飛び込んだことで、個々人が違っていることが互いの能力を引き上げ、チームとしての強みを生み出すことを知りました。

阿部川 そもそも、なぜビジネスの世界へ転身したいと思われたのですか?

ペレイラ氏 きっかけは大学時代の経験です。ある時、勤務していた小児科病棟に保険会社によって「KPI(※)」というものが導入されました。病院の使命は患者の病気を治すことなのに、いきなり財務上の目標が降ってきたのです。病院長はそのような視点で病院を運営したことがなかったので、とても戸惑っていました。

阿部川 病院といえども組織ですからね。経営する必要がある。

ペレイラ氏 ええ。病院経営の当事者は「医師」と「患者」と「保険会社」なのですが、医師はまったく財務的なことには関知しません。保険会社が運営に関わるのです。

 KPIが導入されたことで、それまで患者を中心に病院を運営してきたのに、「この部署や治療は予算の範囲内かどうか」が焦点となる。そのためにどれほど大切な決断が先送りにされ、また理不尽な決定がなされたか分かりません。

 財務の知識だけでは当然患者を診ることはできません。かといって財務的な制約があれば患者にしわ寄せが来る。「患者を診ること」と「病院を経営すること」の2つをバランスよく行う方法がどこかにあるはずだと考えていた時に、「コンサルタントとしてやってみないか」という話をいただいて。マッキンゼーが私の探究心に火をつけてくれました。

※KPI (Key Performance Indicators)重要業績評価指標。組織の目標達成に向かってプロセスが適切に実行されているか計測する数値

●私は「グローバル市民」

阿部川 マッキンゼーでは「タレントマネジメント」(※)が専門だったとか。

ペレイラ氏 最初はヘルスケアや製薬関連を担当し、病院や政府が行う厚生や健康に関する制度の改善なども担当しました。その後、化学品・医薬品メーカーの「メルク」に転職し、社内コンサルタントとして、戦略立案とその実行にも関わりました。マッキンゼーに戻ってからは「HR」(※)専門のコンサルタントとなり、タレントマネジメントに関わり始めました。

阿部川 なぜ、タレントマネジメントに興味を持たれたのですか?

ペレイラ氏 人生に関わるものだからです。タレントマネジメントは、より個人に寄り添います。

 企業の中で、個人がパフォーマンスを発揮し、自分のキャリアが形成されていく過程を楽しめるか。そのためには個人個人がしっかり結び付くことも大切ですし、忙しさの中で自分を見失わないように配慮することも大切です。

 人材というものが、あるいは一人一人の個人というものが、どれほど企業に大きなインパクトを与えるか、企業がそれに対して十分な対応を行うことがどれほど大切かということを日々実感しています。

阿部川 フランクフルト、シンガポール、ロンドン、サウジアラビアのリアドと、世界中で仕事をされていらっしゃいますね。

ペレイラ氏 2010年にサウジアラビアのリアドで、マッキンゼーのリアド支社のオープニングを担当しました。困難の連続でしたが、自分のキャリア形成の中で1番といえるほど良い経験をしたと思います。マッキンゼーには多くの機会を与えてもらい、とても感謝しています。

阿部川 「良い経験」とは、具体的にどんな経験ですか?

ペレイラ氏 それまでとはまったく違う環境で、自分の従来の思考を自ら広げる努力が必要だったということです。

 どんな状況であっても、どんなに遠くの国や、縁の遠い文化であっても、決して先入観で物事を判断してはいけないと思います。事前に好き嫌いを決めてはいけない。それは国だけではなく、企業にも当てはまります。

 エンジニアの皆さんも、常に心を開いて新しい物事に接してほしいと思います。急いで判断せずに、新しい文化があなたにどんな「変化」を与えてくれるかをゆっくり見ていってほしい。そうすれば必ず、その経験があなたの中で何かしら「形」になっていきます。そうした経験を繰り返していくことで、プロフェッショナルとしてのモノの見方も磨かれるのではないでしょうか。

阿部川 現在は、ご家族とご一緒にシンガポールに住み、シンガポールで仕事をされているのですね。

ペレイラ氏 シンガポール出身の夫と知り合い結婚しました。こればかりは、キャリアの行方とは関係なく起こってしまいました(笑)。

 シンガポールは素晴らしい国です。美しく、便利で、子供を育てるにもとてもよい環境です。13歳と6歳の娘がいますが、住んでいてとても楽しいですよ。その意味では、シンガポールは私にとっては少しだけ特別な土地かも知れません。

 よく「あなたの故郷はどこですか」と聞かれるのですが、答えに困りますね。はやりの言葉で言えば、私は「グローバル市民」でしょうか。ロンドンもリヤドも友達がいますし、子供たちは学校生活を過ごしました。ある意味故郷のようなものですね。

※タレントマネジメント 人的資本最適化の取組み。事業目的と整合の取れた人材の獲得、開発、適材配置のプロセスを通じて、組織文化、組織とメンバーのつながり、才能や能力、組織と個人の潜在能力を作り、組織が成果を獲得することが目標(米国人材開発機構 ASTD)

※HR (Human Resource)人的資源、人事管理部門、人事部、人材、人事

●ゴールを見据えよ、そして楽しめ!

阿部川 ペレイラさんがいつも心に留めていらっしゃることをお聞かせください。

ペレイラ氏 「今やっている仕事を心から楽しむ」ということですね。

 従業員がハッピーであれば良い仕事をしますし、それは企業全体の良いパフォーマンスにつながります。仕事を楽しむこと、または楽しめることを仕事にすることが大切です。

 ただ忘れてはいけないのは、満足は自分だけでできることではなく、「自分も誰かの満足を構成する一部分である」ということです。

 自分の満足は自分の中だけで終わるものではなく、より高い次元で他の人や組織とつながっている。なぜ自分がこの会社にいるのか、自分はこの仕事にどうしたら貢献できるのか。自分が毎日ベストを尽くすことが、実は勤務する企業の成功にも直結していると意識することが大切だと思います。

阿部川 日本では、エンジニアはとても大変なのに将来がなかなか見えない。つまりキャリアを発展させにくい仕事だと言われてます。グローバルレベルで見れば確かに多くのチャンスがありますが、そのチャンスに行き着くまでには、非常にキツイ経験を経なければならないと。

 日本のエンジニアが楽しく仕事をするには、あるいはグローバルなレベルで仕事をするためには、何が1番大切だと考えますか?

ペレイラ氏 「あなた自身の人生のゴールを設定すること」でしょうか。エンジニアの皆さんにはぜひ、キャリアの明確なゴールを思い描いていただきたいと思います。経験すること、学ぶこと全てに対して心を開いて接すること。常にゴールを思い描き、そこにどうやったらたどり着けるか考えることを忘れないでください。

 あなたのゴールはあなたが設定するもの。他人が設定できるはずがありませんし、いわんや達成したかどうかなど誰も分かりません。

 あなたは2017年の年末に何ができていればハッピーですか? 昇進なのか、昇格なのか、あるいはプロジェクト達成への貢献なのか。短期のゴールがあればモチベーションにもつながるでしょう。

 またその達成度をどうやって計るのかを明確にしておくことも大切です。そこがはっきりしていないと正しい経過をたどっているかどうか分かりませんから。

 私は、全ての人が人生やキャリアのゴールを持つべきだと思います。

 「会社」そのものが好きなのであれば、その組織に所属することを目的にすればいいでしょうし、何かやりたいことがあって、それが「できるようになること」が目的であり、今の会社ではそれができないということであれば、会社を辞める選択肢もあっていいと思いますよ。

阿部川 欧米に比べ、日本では転職そのものがさまざまな意味でまだまだハードルが高いのですが、それでも転職はした方が良いでしょうか?

ペレイラ氏 私の経歴を見ていただくのが1番の答えですが(笑)、もちろん必ずしも会社を離れることはないと思いますよ。

 大手企業であればさまざまな部署があるでしょう。他の部署や支店に異動できれば新しいことに挑戦できるでしょうし、それまでの自分とは違った能力を発揮できるでしょうから。

 長く働いていれば、困難な仕事や、能力の限界を超えるような仕事に必ず出会うものです。それが能力を伸ばしてくれることもありますし、そもそも仕事というものは一から十まで全てが楽しめるものではありません。

 仕事の中のほんの少しの時間でもいいから自分がしっかり入り込めるような部分があれば、人は学ぶことができますし、企業に貢献することもできると思います。そういう仕事であれば、毎朝目覚めたときに「さあ今日も頑張って働こう」という気になりますよ。

●Go's think aloud~インタビューを終えて

 ペレイラさんとお会いしたとき、「ヨーロッパ女性のエレガンス」という言葉が、真っ先に頭をよぎった。インタビュー会場に彼女が入って来ただけで、まわりが暖かく、華やいだ雰囲気に変わる。この人間力こそ、多くの人材を育ててきた証左だろうか。

 質問をじっくりうなずきながら聞き、少し間をおいたと思うと機関銃のように話しだす。話すことがあり過ぎるようで、もどかしげに、しかし情熱的に話し込む姿勢は、世界中でマネジメントを経験し、文化、年齢、性別の違う中で結果を出してきた人の、実績と自信に溢れていた。

 「究極的には仕事は人がするもの」「生産性を上げる鍵は、機械化や合理化も大事だか、最終的には人が持てる能力を最大に出せるようにすること。そしてその能力を信じて伸ばすこと」と情熱的に繰り返した。

 キャリアの最初は、医師として「生命」に関わる仕事からスタートし、今は「人生」に関わる会社のCEOに。しかし彼女のキャリアの核は、ブレることがなかった。

 英語のlifeは「生命」でもあり、「人生」と訳すこともできるから。

最終更新:6/5(月) 6:10
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