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“AI記者”による省力化と効率化の行く先は――日本経済新聞社の働き方改革

6/5(月) 15:01配信

ITmedia エンタープライズ

 「ついにその日が来たか……」

 2017年1月、メディア業界に波紋を投げかけたのが日経新聞社のプレスリリース「AIを活用した『決算サマリー』配信スタート」だ。人工知能(AI)が、決算の要点を自動で文章化して配信するというβサービスで、自社の記者がAI記者との「書き比べ」をした記事(AI記者に生身の記者が勝負を挑んでみた)も公開されている。

【AI記者との付き合い方とは!?】

 日々、文章を書いたり、原稿を編集したりしている身としては、人工知能やロボットなどに代替される職業へ早くも仲間入りか!? と、ついじっと手を見てしまったのは事実だ。実際、“人間記者”の行く末を案じた人も多く、ITmedia NEWSのインタビューをはじめとして、さまざまなメディアで記事が掲載済みだ。とはいうものの、筆者は悲観的な半面、期待する部分も大きかったりする。

●編集現場は好意的にAIの取り組みを受け止めた

 6月2日、東京で開かれた「AWS Summit Tokyo 2017」において、AWS(Amazon Web Sevices)導入事例として「“AI記者”の生みの親 テクノロジーメディアへの挑戦」と題した講演が行われた。決算サマリーのプロジェクトチームに加わった、日本経済新聞社 デジタル事業BtoBユニット 藤原祥司氏は、「決算サマリーの開発中、編集現場に話を持っていったが、AIの取り組みに好意的でネガティブな反応はなかった。仕事を取られるという意識はなく、仕事をサポートしてくれることに期待したいという声が多かった」と述べる。

 まさに、わが意を得たりとばかりにうなずいてしまったが、決算サマリーのような速報や定型業務(いわゆるリリース起こし)などは、できれば時間をかけたくない、あるいは避けたい業務だったりする。メディアの特性によって多少の濃淡はあるものの、速報やリリース起こしはどうしても必要だ。その手の記事を執筆から掲載するまで、どんなに練度を上げたとしても、人の手では1本あたり数分から数十分の時間がかかってしまう。まして、1日に10本も書いていれば集中力が続かず、誤字や脱字も増えていく傾向にある。

 日経の場合も「これまでは記者1人につき上場会社を50~70社担当し、年4回の決算発表と定型原稿をやっていたが、速報ベースだとカバーできていなかった。その点、AI記者なら企業の発表からサマリーの公開までにかかる時間は1~2分で済む。さらに決算発表が毎分300開示というピーク時でもスピードが落ちることはない」という(藤原氏)

 藤原氏は「決算サマリーでは、実際に記事を生成している時間は10秒程度しかなく、編集の目を通さずに公開している。AI記者の強みは何より数字を間違えない正確性、そして圧倒的な処理量とスピードであり、人間はかなわない。逆に課題としては、決算期の変更や株式分割への対応ができず、表現部分で流ちょうさが足りず、企業に裏取りできないといった創造性の部分が挙げられる」と指摘する。

●メディアの競争力を高めるための働き方改革

 どのような記事のタイプであれ、AI記者が持つ正確性とスピードは大きな武器だ。企業名や価格、発売日時といった基本的情報は間違えてはいけないが、何十年、記者や編集業務をやっていてもミスを完全になくすことは残念ながら難しい。そこをAIがサポートしてくれるのなら、より時間をかけずに正確な記事を出すことも夢ではない。

 藤原氏は「どうしても長時間労働になりがちな記者は、世間で言われている働き方改革において対局の位置にあるが、一方で効率化を避けて通ることはできない。現場でも頑張って効率化しているが、限界もある。中で全てを抱えず、外だしできるものは外だしが必要だ」と語る。

 今や企業だけでなく個人でも簡単に「メディア」を持つことが可能だ。その中で「競争力を維持するべく定型業務はAIに任せ、より付加価値の高い業務に集中するために、記者の業務時間を変えていく必要がある。機械のAI記者は短信を、人間の記者が情報の深さを目指した記事を書くことで、価値の高い情報を増やしたい。そして、メディアとしての競争力を維持、強化できるのではないか」と主張する。

 いくらAIがもてはやされても、スムーズなコミュニケーションや教え、ひらめきが必要な職業はまだまだ代替できないのが現状だ。「今後は市況速報や統計記事といったパターン化された記事、業界予測や業績予測など、開示資料の統合分析プラットフォームにとしてAIを使っていきたい」と藤原氏は見通しを述べた。

 メディアの現場にも影響力を持ち始めたAI記者だが、どのような仕組みで動いているのだろうか。AI記者を支えるシステムから、文章生成までの流れを見てみよう。

●決算PDFとXBRLのデータを解析して決算サマリーを生成

 AI記者が生成する決算サマリーのシステムは、AI研究を手掛ける東京大学松尾豊特任准教授研究室や、日本語解析技術を得意とする言語理解研究所(ILU)の協力を得て開発された。2015年3月に、日経デジタル部局の若手エンジニアがSlackの社内チャットで雑談していたことに端を発してから、2017年1月のベータ版公開まで2年もたっていない。

 具体的にAI記者の記事生成プロセスを見ていこう。

 まず、東京証券取引所が運営する適時開示情報伝達システム「Timely Disclosure network」に上場企業が開示するPDF形式の決算短信と、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)形式のデータを基に、文章を生成していく。生成自体は10秒もかからず、Webに掲載するまでは前掲の通り1分~2分という時間しかかからない。

 どのように原稿ができていくのかというと、まずXBRLのデータから数値や表を抜き出し、直近の業績や来期の見通しといった売上高や利益など業績に関する文章をまとめる。

 続いて、公開されたPDFを全体業績文とセグメント文に分け、文章の格構造を解析する。そして原因と結果の文書ペアを見つけ(文書構造解析)、ネガティブなのかポジティブなのかを分析していく。そこから、業績要因とそれ以外に文を分類し、日経基準で業績要因文を選択、最後に文章を読みやすく整形してサマリーを生成するという流れだ。

 公表された決算数値をテンプレートに流し込んでいるだけではなく、売上高や利益など前年同期から変わった理由も分析した上で記述しているのがミソで、客観的事実ではない記述や、企業が一般的/定常的に実施している理由は省くなどの学習をさせ、アルゴリズムをチューニングしているという。

●AWSを使うことでピーク時でもスムーズな対応が可能に

 なぜAWSを利用したのかというと、「決算発表は2月、5月、8月、11月と年4回もピークがあり、特に5月のピークは1日で2000件を超える。このピークに対応できるのが重要だから」だと藤原氏は言う。ピーク時でも、AI記者の生成スピードが変わらないのは見逃せないところだろう。

●現状はAIとの共存、役割分担が必要な段階

 現状、決算サマリーはβ版ながら日経電子版を筆頭に、日経会社情報DIGITALの「決算サマリー」コーナーや、会員制ビジネス情報サービスの「日経テレコン」で利用されている。

 AI記者が記事を生成できるのは、対象が決算の短い速報に限られたり、ある程度決まった形でのPDFおよびXBRLのデータが提供されたり、決算記事の要件が比較的決まっていたりするからで、まだまだ人間にはかなわないし、日本経済新聞の紙面には使われていないじゃないか、という言い方も可能だ。

 とはいえ、完全自動「決算サマリー」のページには下記のようなFAQが用意されている。

・質問 : 通常の記事とはどのように見分ければ良いでしょうか?
・回答 : 記事のタイトルや末尾などに自動で生成された旨を記載しています。

 AI記者の記事に上記のような注釈がなく、メディアのWeb画面や紙面に展開されていたら、果たして見分けが付くのだろうか。

 藤原氏は「AI記者を通して、実ビジネスに応用するにはハードルが非常に多く、まだまだ対応途中だ。それぞれの問題に対して、トライ&エラーをしていかないとだめだが、テクノロジーへの理解が深い人と、仕事の現場をキチンと理解している人が同じならベストだが、どちらもいないとうまくいかない。また、そういった人材を育てていく必要がある」と指摘。

 「AIのポイントは今、共存と役割分担で、それを見定めて業務の再設計が必要な段階にある。人のやっている業務をベースにしてAIに置き換えるなど業務の再設計を実施し、AIに置き換えたら、ひらめきや直感、創造性といったメディアの競争力を生み出す業務を増やしていくという取り組みが必須だ」とし、「AIが入ってくるのは、かつて電話や印刷などが発明されパラダイムシフトが起きたのと同じこと。それについて行ける企業が伸びるし、ついて行けなくなった企業は滅びる。日経はテクノロジーメディアを目指しており、情報の信頼の蓄積をさらに増やし、スピードを上げていきたい」と抱負を語った。