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ハワイの沖縄戦捕虜、支援に感謝 叔父の墓前で「里帰り」三線演奏

6/5(月) 9:50配信

沖縄タイムス

 【ハワイ3日=溝井洋輔】戦後の沖縄を救うため、豚550頭を送ったハワイ側の中心人物だった県系移民の故嘉数亀助さんが、捕虜収容所に三線を差し入れて励ました功績をたたえようと、おいの進さん(73)=糸満市真栄里=ら家族が3日(日本時間4日)、「里帰り」の異名を持つ三線を携え、ハワイ州ホノルル市にある亀助さんの墓を訪れた。

 進さんは亀助さんが移民前に使っていた井戸でくんだ水や泡盛、「里帰り」三線を墓前に供え、妻和子さん(67)と感謝の気持ちを込めて「安里屋ユンタ」を演奏。亀助さんの長女であるメイ・ジュンコ大城さん(86)ら、ハワイ在の親せきを含む約20人が見守った。

 「里帰り」三線は、もとは亀助さんが1910年ごろ、移民でハワイに持参したもの。戦後間もなくハワイの捕虜収容所に入っていた進さんの兄・故清昌さんに亀助さんが届けた。清昌さんが復員後に持ち帰り、糸満の本家で保管していた。

 県出身捕虜の慰霊祭に出席するため、3世代5人でハワイ入りした進さん。墓前に手を合わせ、無事に演奏を終えると「幸せに感じます。肩の荷が下りたような感じ」と述べ、感謝の気持ちを伝えられたことにほっとした様子。「この三線を、これからも大切にしたい」と表情を引き締めた。

 メイさんによると、父亀助さんは「沖縄を助けるためには救援物資を送るだけでなく、現地で広げられるものを」との考え方を持っていた。「父は勲章や賞には興味がない人。でも、結果は大きなことをした。きょうのことは、天国から大きな笑い顔で見ていると思う」と述べ、父の功績を改めてかみ締めた。

 亀助さんの墓前への感謝には、沖縄ハワイ協会の高山朝光会長(82)も同席。兼城村(現糸満市)にルーツを持つ県系4世で琉球古典安冨祖流音楽研究朝一会の米国支部長である村田グラント定彌さん(55)も訪れ、三線の演奏で協力した。

 4日(同5日)に開かれる慰霊祭では琉球古典音楽の人間国宝・照喜名朝一さん(85)が、この「里帰り」三線を使って追悼の演奏をする。

最終更新:6/5(月) 9:50
沖縄タイムス