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デジタル変革は会議室ではできない

6/6(火) 6:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 さまざまな業界や業種において、ビジネスのデジタル変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が議論されるようになった。ITmedia ビジネスオンラインでは、DXに関する有識者や専門家たちの意見をシリーズでお伝えする。今回は、野村総合研究所の研究理事で未来創発センター センター長の桑津浩太郎氏に、日本のデジタルビジネスの動向と、デジタル化を進めるためのポイントを聞いた。

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●売った後もつながる“バリューリンク”へ

――デジタルビジネスが議論になっている背景には何があるのでしょうか。

 人手不足と高齢化です。その状況は世界の中でも特に日本で進んでいるものの、先進国はどこでも同じような状況です。その結果、いろいろなところに制約が出てきます。最近の例では、宅配便の配送が困難になり、ファミレスの24時間営業が相次いでなくなっています。また、コンビニの店舗運営についても議論されています。以前は外国人労働者によって解決していましたが、人を増やすという方法は頭打ち。生産性を上げるしかありません。そこでデジタル技術の活用が出てきます。社会情勢から見ると、それがデジタル化推進のドライバー。日本企業では、人手不足、高齢化による労働力供給不足がDXを推し進めるということになるでしょう。

 技術的にみると、3つの技術がポイントになります。1つはIoT(モノのインターネット)、1つはAI(人工知能)、最後はそれらを組み合わたロボット。例えると、IoTが神経網、AIが脳みそ、ロボットが手足であり筋肉、骨です。労働力が減った分をその3つで補完していこう、というのが技術サイドから見た基本的な議論です。ただ、その3つには難度に差があります。IoTが比較的早く発展し、次にAIが来て、最後にロボットとなります。

――社会的な課題とそれを解決するための技術が示される中、ビジネスはどう変わっていくのでしょうか。

 企業や経営者は何を変えていくのか、という疑問に対する切り口はいくつかありますが、ポイントになるのは“バリューリンク”です。ビジネスの考え方として、バリューチェーンからバリューリンクに変わっていくと考えています。バリューチェーンというのは、材料を仕入れて、商品を作って、運んで、売るという企業の一連の内部活動。従来は、効率化によってここを圧倒的に強化してきました。

 一方、バリューリンクは、企業とお客さまの間にリンクが成立するという考え方です。自動車業界が典型的な例です。今、一定のグレード以上の新車にはネットワークユニットが入っています。何をしているのかというと、エンジンがどれくらいで回っているか、走行距離やスピードはどのくらいか、急加速や急発進をしていないか、といったデータを細かく取っています。そのデータから、車がどういう状況で使われているか分かります。IoTによって、売った後の商品やお客さんとつながり続けることで、ビジネスのモデルが変わってくるのです。

 どう変わるのか。中古車ビジネスは大きく変わっていきます。ドライブデータなどを取れば、車の使われ方が分かるようになるため、査定方法も変わってきます。自動車保険も同じです。従来は車を売ったところでバリューチェーンは切れていました。しかし、本当に安全運転しているのか、というデータを取ることによって、ゴールドライセンス、無事故歴というあいまいな指標ではなく、実際の運転状況を指標にできます。

 単純に商品を作って販売して、その後のことは知らない、とブツブツ切れているモデルから、リンクが四方八方に広がってつながっているモデルに変わってくる。それが、バリューリンクという概念です。バリューチェーンがなくなるわけではありませんが、それだけではなく、リンクも併せて管理する必要がある、というのが、DXがメーカーに与える影響です。自動車メーカーなら、中古ビジネス、保険、シェアリング、という今までなかったビジネスモデルが取り込まれていくことになります。

●データは“役に立つ”ことを示す

――データを取って活用するビジネスモデルは、どのように確立されていくのでしょうか。

 DXのポイントとして、「不気味の谷」の議論は必ず出てきます。データを取られていることに対する嫌悪感です。すでにデータを活用している企業は、そこに対しても先回りして事前の対策を打っています。自動車メーカーが東日本大震災や熊本地震などの後に通れる道を示した地図を出しました。それがその対策の一環です。これは大きな社会貢献になります。私たちは車からデータを取られていることを実感していませんが、すでにデータが役に立っているのです。通れる道を発表したからといって、車が売れるわけではありません。それなのに、なぜそういうことをするかというと、集めている情報で社会に役に立っていることを示しているのです。

 車だけでなく、家電もそうです。最近の冷蔵庫はカメラが付いていて、中に入っているものを認識できます。今後は、ヘルスケアの観点で冷蔵庫の中身を評価するサービスも出てくると思います。昔の価値観だと、本来つながっていないものがつながっているのは気持ち悪い、冷蔵庫の中をのぞかれているのは嫌だという議論になります。それに対しては、食べ物を細かくのぞき見するのが目的ではなくて、ヘルスケアや品質管理によって生活の質を上げることが目的であり、役に立つことを示していくことになります。

――DXの議論の背景として、人手不足があるとのことでした。特に人手不足が深刻な流通業界については、どのような変化が起きていくのでしょうか。

 コンビニの店舗でデジタル化が求められるのは、夜勤対応と商品の補充です。夜勤については、無人レジの導入で人手不足を補っていくことになるでしょう。ローソンとパナソニックが、大阪府の店舗で無人レジと電子タグの実証実験を実施しました。米アマゾンが取り組んでいる「Amazon Go」に至っては、レジがなく、映像認識によって課金されます。これはネットワーク効果を最大限使える仕組みと言えるでしょう。ロボットレジを作ると1台数百万円かかる可能性が高いですが、この仕組みをうまく開発できれば、100店舗でも1万店舗でも同じものを使えます。

 これまで流通業は生産性が低いという見方がありましたが、今後は生産性を劇的に上げないと24時間営業を維持できません。24時間でないといけないことはありませんが、お客さんの“WANTS”はこれからも24時間営業である可能性は高いと思います。そこをデジタル技術による映像認識でやりましょう、という議論がこれから盛り上がってくると思います。

●忖度できる人はいらない

――そういった状況において、企業がビジネスのデジタル化を進めるためには何が必要でしょうか。

 紙の業務をデジタル化してきた昔の変化と比べると、今回は変化の幅が大きく、リスクもあります。そのため、経営トップがはっきりと意思決定するしかありません。ところが、昔のやり方を知っている経営者や役員が、まったく新しいことに取り組もうとすると、心情的に“ノ―”になってしまうことがあります。なぜかというと、自分が今まで学んで磨き上げてきた手法が全否定されたと感じる人がすごく多いからです。

 それを防ぐためには、デジタル化を進める経営者やリーダーの下に若い社員を付けてチームを作ることが有効だと思います。デジタル化のプロジェクトは、リスクや顧客満足度を理由にして、揚げ足を取ることができてしまいます。人手が足りないというときに、顧客を100%満足させるアプローチは難しく、少しずつ不満をコントロールするしかないのです。そのときに「100%じゃないからこれまでのやり方でやるんだ」「気持ちがこもっていない」という対応をしてしまうと、DXは進みません。

 DXを進めようとするなら、社長の下にしがらみのない若い社員が集まって考えた方が進めやすいでしょう。役員など上の人たちと一緒に考えると、角をどんどん削られて、何もなくなってしまう可能性があります。結局、「今のやり方でいいじゃん」という話になる。リスクがあるとか時期尚早だとかを繰り返すだけになってしまいます。

――若い社員というのは、どういった人を選んだらいいのでしょうか。

 従来の業務にとらわれずに発想できる人です。そういう人は、従来なら社内の評価はそんなに高くないと思います。上の人にうまく合わせられる人というよりは、本質的な発想ができる人を見つけるしかないのです。そして、適度にITができる人。ITが目的になってしまう人はまずいと思います。チーム内にはITに首まで漬かる人がいてもいいですが、リーダーはそうでない人が望ましいです。最も良くないのは、若いのにバランス感覚だけ優れた人。なぜなら、上の人を忖度(そんたく)して、「これはいらない」とか言い出すことがあるからです。ブレーキは社長が踏めばいいのです。チームメンバーにはアクセルを踏む人を置いてほしいと思います。

 技術的には、今のところ、難しいアルゴリズムを開発することは必要ありません。既存のプラットフォームを使えばいいのです。そこまで高度な分析技術も必要なくて、標準の分析レベルでいい。求められるのは、ちゃんとしたデータをそろえるという一連のプロセスが粗々ながらできて、自分でボールを持ってゴールまで行けること。「自分はここまでしかやらない」という人がいるほど生産性が悪くなります。現場で試してみたときにコードを見てパパッと直せたり、もらってきたデータを見て「おかしいな」と気付けたりする人が必要です。

●社内会議は不要

――実際にプロジェクトを進めるときに気を付けることは何ですか。

 現場に出ることです。デジタル化というのは、巨大なシステムがある日突然できるわけではなく、フィールドでトライアルをしながら、それを磨いていって広げるイメージです。これまでお話した事例のように、今回のDXの対象はオフィスではなく現場です。工場だったり、お店だったり、道路だったり、車だったり。今までメーカーの開発拠点は研究所が中心でしたが、今後はラボではなくフィールド。そこで若い人と一緒に、粗削りでも試してみて、どんどん良くしていく、というアプローチをせざるを得ないのです。

 最初はあまりうまくいかずに課題が出てきますが、経営トップは「気にせずにどんどんやれ」と言い続けるようにしないといけません。ロボットなんてうまくいかないケースはいくらでもあります。お客さんがいるフィールドで局所的にデジタル技術を投入していく、そのための場を持ち続けることが必要です。みんなで机を囲んで白い紙に書いて検討するのが一番むなしく、不毛だと思います。

 ですから、デジタル化を進めるときのポイントは、社内で打ち合わせをしないこと。お客さんと接点があるところで、ごく少人数でダイレクトにやらないといけません。チームメンバー以外の役職者などを挟むと、彼らは付加価値を付けようと思って、「慎重に検討しよう」「課題を出そう」といった否定的な意見を出すかもしれません。また、DX委員会などといった組織を作って、各部署から代表者を出す方法はあまりうまくいかないと思います。みんなが勝手なことを言って、いつまでたっても進まない、誰がやっているのか分からない、みんなでパスを回し合っているうちに時間切れ、といった状況になる危険があるからです。今、必要なのは除草剤ではなくて肥料です。ブレーキを踏んでいいのは社長だけにしないとDXは進んでいかないと思います。

――成功した企業はどのような取り組みをしたのでしょうか。

 ある産業機械メーカーは、デジタル技術で機械を管理することに成功しています。経営トップが引っ張り、若い人中心に動いている、珍しいケースです。この企業は、機械を情報化しなければいけないという意思決定、そしてコンセプトの策定が非常に早かったことで知られています。デジタル化すればかっこいいというレベルではなく、業務の中でデジタル化の余地があるところを見極めていました。現場が強いからそれができたのだと思います。

 IoTなどの環境が整ってきて、DXに対する理解もじわじわと深まってきています。しかし、「何をやるか」という本質の部分はユーザー側にゆだねられています。ハウツーを教えることはできますが、ボールを蹴り込んでゴールするというところはコンサルタントにはできません。ユーザーがやるしかないのです。